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15歳少年、香港を燃やす〜〜半歩遅れの現地ルポ(1)

 かなり乗り遅れてしまった感があるが、香港デモを取材したときの話を書きたいと思う。

 取材した主な期間は、8月末〜10月末で、約2カ月間。原稿はちょっとずつ書いていたのだが、この1、2カ月ほどは香港と関係ないお仕事(これも大事なのですが)をしているうちにドンドン時間が過ぎてしまい、気づけば年末に。本当はもう少し順序よくまとめてから世に出そうと思っていたが、もう書き途中でいいや! とにかく誰かに読んでもらおう! 残りはあとから書き足そう! という心境で、この場で出すことにしました。

飲み会で背中を押され

 最初に香港デモのニュースを知ったのは、6月上旬ごろのことだった。香港の中心街で100万人規模(主催者発表)のデモが発生し、写真やニュース映像をネットで見て、胸がざわついた。オフィス街のビルの間を、無数の群衆が傘を広げて行進していた。香港がとんでもないことになっている、ということだけはわかった。

 デモのニュースを見ていたら、2014年に発生した「雨傘運動(普通選挙の実現を求める民主化運動)」 の中心人物だった周庭(アグネス・チョウ)に、行政庁舎でインタビューしたときのことを思い出した。当時、高校生だった彼女は今よりずっとあどけなかったが、まっすぐこちらを見つめる瞳の力強さと、香港の未来を案じる言葉の激しさが印象に残った。一方では、この若さで政治運動にドップリ浸かっている危うさというか、俗世離れのような気配も気になった。政治運動に加わる以上、避けられないことかもしれないが。

 周庭たちが挑み、結局は頓挫してしまった雨傘運動。その変形のようなものが、5年間の時を経て再開していた。

 最初のデモが発生した数日後、再び大規模デモが発生し、その後も断続的に「香港デモ」の4文字が報じられ続けた。最初は単発的に行われたのかと思っていたが、どうやらそうじゃない。1回や2回ではなく、数週間単位で続きそうな気配だった(結局、数ヶ月単位で今なお続いている)。警察側は催涙弾を放ち、デモ側は防毒マスクで対抗しているという映像も流れてきた。

 気になる……。現地はいったい、どういう状況なのだろうか。街は平穏なのだろうか。人々はどのぐらい不安に思っているのだろうか。ニュース映像から伝わるデモ現場の様子からは、その先の人々の暮らしが想像できなかった。行ってみたい。でも、お金も時間もかかるしなあ……。

 香港のことが気になりつつも、日本で淡々とライター仕事をこなしていたある日、同業者との飲み会で同年代ぐらいの女性編集者に出くわした。

「香港、気になるんですよねえ、行ってみようかなあー」

 中ジョッキ片手に冗談半分で漏らすと、彼女はすごい勢いで食いついてきた。

「香港のニュース、私もすごく心を痛めているんです! 去年遊びに行ったときは、全然平和で何ともなかったのに、今はどうなってるのかなって。そうそう、私も現地の人たちの生活が気になるんです。行ってみたらいいじゃないですか!」

 ひょっとしたら、この飲み会で彼女に出会っていなかったら、香港には行っていなかったかもしれない。背中を押されたと言っていい。

 記事にできるアテもなかったし、誰から依頼されたわけでもなかった。限りなく”ただの旅行”に近かったが、行けば何か書けるかもしれない。いや、もう記事になるとかならないとか、ペイするとかしないとか、そんなことはどうでもいい(ことにしよう)。とにかく、この目で見てみたい。週末で行って帰ってくれば、せいぜい5万円ぐらいで済むだろう。旅行のつもりでいいじゃないか。深いことは考えず、とりあえず行ってみることに決めた。

私は「PRESS」なのか?

 いざ行くと決めると、持ち物をどうすべきか迷った。防毒マスクは必要なのだろうか? そんなにしょっちゅう催涙弾を打っている訳ではなさそうだし、とりあえずなくても大丈夫そう。必要になれば、たぶん現地で買えるだろう。

 躊躇があったのは「PRESS」と書かれたビブス(上半身に着るベストのようなもの)をどうするかという問題だ。私はフリーライターとして働いてはいるものの、そんなものは誰でも名乗れる。正々堂々と「記者」や「PRESS」、「報道」を名乗れるのは、新聞社やテレビ局の記者だけだ。あるいは出版社から依頼があり、原稿を週刊誌などのメディアで発表できる予定があるなら、記者を名乗ってもよいだろう。なんなら、ウェブニュースでもいい。が、私の場合はフリーランスで、記事にできるアテもなかった。そんな人間が「PRESS」と書かれたビブスを着用して、現場をウロウロして良いのだろうか。

 逡巡していると、”ニセ記者”、”自称ジャーナリスト”などの言葉とともに、かつてイラクやアフガニスタンで拘束された今井紀明さんや香田証生さんのイメージが脳裏をちらついた。

 いやいや、香港とアフガニスタンは情勢が違いすぎる。向こう見ずなことをするつもりはないし、そんな面倒なことにはならないだろう。が、”自称”の二文字はぬぐいようがない。やはり行くとなったら、どうにかネットニュースで記事化を目指そう。そうすれば「PRESS」のビブスは嘘にならないはずだ。

 言い訳じみたことを考えながら、出発2日前にAmazonで無地のグリーンのビブスを2000円ほどで購入した。ビブスはA4用紙を胸の透明ポケットに差し込むタイプだったので、「PRESS」と紙に印刷すればいい。警察に近づくときは、これを着よう。

(今、改めてページを見たら「ミズケイ 役立〜ツ 差込ベスト『差込式でええよん』グリーン」という、ちょっと変な名前の商品であった)

 読者のなかには、私のこうした行動や考えを「けしからん!」と思う方もいるかもしれない。正式な”記者”ではない者が勝手に記者を名乗っているのだから、もっともだろう。申し訳ありません…。

 チケットは香港エキスプレスで購入し、価格は片道2万円ほど。4泊程度のつもりで香港に向かった。それが2カ月に及ぶ終わりなきドロ沼取材の始まりであった…。

(なんて思わせぶりな書き方をしてしまったけれど、このときは本当にすぐ行ってすぐ帰るつもりだったのである)

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