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15歳少年、香港を燃やす〜〜半歩遅れの現地ルポ(2)

 そんなわけで、8月末に香港に到着。最初の3泊は、現地在住の日本人駐在員Z氏の自宅に泊めさせてもらった。その週末の8月31日は、のちに「831、打死人!(=8月31日、殴り殺された)」というスローガンになって語り継がれるほど、激しく対立した。警察が地下鉄車内で、乗客を無差別に殴打したことから、政府への批判が強まった。香港デモはデモ隊・警察の双方が少しずつ暴力の度合いをエスカレートさせていったが、8月31日のデモは、暴力の程度が一段階上がった日と言える。

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 デモの様子を記事にして知り合い編集者に送ってみたら、どうにかウェブニュースの記事になった。うれしかったというより、ホッとした。とりあえず1本でもメディアに記事が出せたなら、曲がりなりにも「PRESS」を名乗ることが最低限クリアできたような気がした。特に現地で追及されるようなことはなかったとはいえ、取材相手から「どんな記事を書いているんだ?」と聞かれたら、これを見せれば良い。記事にできたなら、多少は来た甲斐もある。

 これで収束するのかな? と思いきや、まったくそんな兆しはなく、むしろデモは激化。ネット上や街中に日程表が張り出され、翌週もまだデモを続けるとアピールしていた。こうなったら最後まで見届けたいという欲が出てきて、翌週まで残ることにした。

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 2回目の週末は空港など各地でデモが行われたが、基本的な雰囲気は前回とあまり変わらない。昼間は平和に行進して、日が暮れると”勇武派”と呼ばれる血気盛んな黒装束の若者が大量に出現。公道にバリケードを張り、信号や地下鉄施設などを破壊するというパターンだ。私はデモ隊員の一人と一緒に行動してみたり、街中の人に話を聞いたり、取材中の欧米人ジャーナリストに見解を聞くなどしつつ、また原稿を書いてみた。が、編集者の反応はイマイチだった。

「先に結論を申し上げますと、今回の原稿については記事化は難しいです…。前回のリリースから日も浅いため、編集長らとの会議でも相談しましたが、①欧米ジャーナリストの見解という新規性はあるものの、ほかの部分が前回との違いが見えてこない。②香港デモの記事ニーズが、ここ最近極めて低い(9月に入って4本の香港デモ記事がうちでリリースされましたが、いずれも原稿料をペイできるほどのPV数がない)」

「せっかく書いて頂いたのに本当に申し訳ないです…。個人的には、早くストーカー記事が読みたいのですが、いろいろ案を頂ければ検討します!」

 単に現場の様子をルポするだけでは、厳しいようだ。同じような記事を出すわけにいかないというのは、よく分かる。香港の話は、日本に住んでいるとどうしても”遠くの話”になってしまう。何かうまい切り口を見つける必要があるのだろう。

 が、それよりもストーカーの記事を早く書いたほうが良さそうだ。当時私は、軽めのストーカー被害に遭遇し、ちょっとしたトラブルを経験していた。編集者はそちらのほうを読みたがっているようだから、香港の話よりも需要があるのだろう。

 個人的趣味みたいな取材より、まずは世の中の需要に答えることを優先させよう。平日は大きな動きもなかったし、デモ取材はほどほどにして、香港の公共図書館にこもってストーカーの原稿を書くことに専念した。

同じ景色の香港デモ

 デモの様子は、もう少し見届けたい。だが、週末のデモを何回か見ていて、思いあぐねてしまった。群衆が繁華街を練り歩く姿は圧巻だし、夜のとばりが降りて落書きや破壊行為を行う勇武派の様子も、ショッキングではある。が、同じなのだ。毎回毎回、よく飽きもせず同じことを繰り返せるものだと思ってしまう。いや、彼らも自分たちで主張している通り、必ずしも好きでやっている訳ではなく、”香港の自由と民主を守る”という大義名分のためではあるのだろう。だが、見ている側としては状況に変化がないため、”切り口”を変えないと伝えることがないのだ。

 新聞やテレビの報道も、日本ではそれほど大きくは報じられていなかった。決してデモが収束した訳ではないが、”変化がない”ということはニュースにならないのだろう。

 このままデモ現場を見続けたところで、同じような景色が繰り返されるだけで、あまりニュース性はない。かといって、今回のデモの発端となった逃亡犯条例の成立過程や、一国二制度の成り立ち、香港基本法などを研究して国際関係を読み解くというのも、私には荷が重すぎる。香港で何が起きているのかもっと知りたかったが、どうしたら良いのか分からず、右往左往するばかりだった。さっさと見切りをつけて帰国したほうが、賢明ではないのか。壁に当たっていることは、明白だった。

 もう一つ、デモ行為をどうジャッジして良いのやら、という問題があった。平和的なデモは、別に気にならない。が、落書きや地下鉄施設の破壊などを行う”勇武派”の行為については、にわかに肯定する気になれなかった。彼らの行為は明らかに違法だし、市民生活にも悪影響を与える。

「香港政府に圧力を与えるためです」

「ターゲットは政府と地下鉄、政府を支持する企業に絞っています」

 そうは言っても、目の前でモロな破壊行為を見せつけられると、平穏な日本社会で暮らしている私としては「そうだね、頑張って!」という気には全然なれない。鉄パイプで信号やら駅の改札やらを破壊している時というのは、おそらく彼らの頭のなかは真っ白であり、何も考える余裕などないはず。政府にプレッシャーを与えるというのは分からなくもないが、ただただ、「うーん、そうかなあ…」としか言えなかった。

 中国大陸では、勇武派たちは完全なる”テロ集団”、”危険分子”として報じられていたが、中国政府や香港政府から見れば、そういう見方が成立するのは間違いないだろう。

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 デモ隊を追いかけ拘束している警察官も仕事でやっているわけで、「香港の治安を守るため」と答えるはず。デモ隊たちも「香港を守るため」と言っている。お互いが「香港を守るため」と言いながら対立している。何のためにやってるの? なぜ? なんで? 「自由と民主を守るためです」。その答えは聞き飽きた。その先が知りたい。

DSC_0272 のコピー

「デモをしている理由は、香港の自由と民主、法治主義を守るためです」

「香港を中国と同じような社会にはしたくありません」

「一国二制度は、もはや崩壊しています」

「我々にリーダーはいません」

 デモ現場で参加者に話を聞くと、判で押したように同じような答えが返ってくる。AIスピーカーのようだ。

「戦争をしない、させない。そのためには憲法九条を守らなくてはいけません」

「自主憲法を制定して軍隊を持たなくては、国家は守れません」

 政治運動やデモに参加している人に話を聞くと”同じような答え”が返ってくるという現象は、別に香港デモに限ったことではないのだろう。その先にある答えは、もしかしたら、参加している本人も明確に言語化できていないのかもしれない。でも、何かある気がする。真意を隠しているのではなく、うまく答えられないだけかもしれない。それを知るためには、慌ただしい雰囲気が充満しているデモ現場は、非常にふさわしくない。参加者の日常生活や家庭環境、趣味、食べ物といった普段の暮らしぶりを知らないことには、”同じような答えではない答え”にたどり着けない気がした。

 誰か1人にマトを絞って、仲良くなって、話を聞いたら良いのかなあ……。そんなことを考えていたら、思い当たる人物がいた。数日前、9月3日に昼間のデモ現場で出会った、15歳の少年だ。勇武派を名乗る彼との出会いは、意外なところから始まった。

  



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