「資本主義恋愛団体」の話をします【12000字小説】

急に長文のネタを思いついたので書くことにした。
創作大賞も一度応募してみたいと思いつつ今年は無理、、のつもりだったのだが、締切10日前に書きたいことが出てきてしまったので、勢いで書いていくことにした。
内容的には現代社会とか、SNSとかそういったことに関わる話です。(オールカテゴリ部門で出してます。)
ところどころもしかしたら問題表現があるかもしれませんが、ちょっと深く見る時間が無く、誰かを不快にさせてしまったら申し訳ないと前置きしておきます。(多分こんぐらいなら大丈夫だと思って書いているが加減が分からん。)
また、当文章内に出てくる団体や個人については特定の対象を指すものではなく、架空の存在であります。

では、本編をどうぞ。


事の始まり

「なんか俺、彼女出来るかもしれん」
突然届いた友人からのLINEに僕は「良かったやん」と雑に返した。

友人とは高校からの付き合いで、ハマっているゲームが同じだったところから仲良くなった。
大学はそれぞれ別のところに進んだが、ゲームの対戦や情報の交換をしながらネット内で関係が続いている。
そんな僕らはこれまでお互いに彼女がおらず、「いいよなー」とうらやみながら、小学生の頃に友達の家で遊んでいたような楽しい時間の使い方をそのまま継続しており、「これが最高だよな」と笑い合っていた。

こんなゆるい人生がずっと続いたらいいなと思っていた最中、
突然友人から「なんか俺、彼女出来るかもしれん」とLINEが入った。
さらに「そんでお前にも彼女ができると思う」とメッセージが続いた。
よく分からないので「なんで?」と返した。
すると、「コロナ禍の若者に対してマッチングをサポートする団体がある」とのことなのだ。
僕は少し怪しいなと思ったが、近ごろは自治体が主催する街コンもあると言うし、そういった取り組みもあるのかなと思い、参加費も無料なのでついていってみることにした。

説明会に参加した日のこと

「おう!久しぶり!静!」
「よっす」
会場の前で友人が手を振って呼んでくれた。

申し遅れました。
あの、僕ですね、この作品の主人公で語り手の「冷田静」(ひやだしずか)と申します。
たまに「結構冷静だね」と言われます。

そして、友人に関しては、、
彼の名誉のために名前は伏せさせていただきます。
ここでは、友人とだけ呼ばせてください。

「元気かー?」
「まあ普通な」
久々に会っても僕の調子を気にかけてくれる友人は、いい奴だ。しかも、今日はなんだかキマっている。なんというか身ぎれいだ。
気になった僕は「そんな服持ってたっけ?」と聞いてみた。
すると「マネキンが着てたやつを今日のために丸ごと買ってきた」とのことである。
なにしろ最初の印象が大事だかららしい。
結構な気合の入れ方である。

そして会場に入ってみると異様な熱気に包まれていた。
同年代の男たちで想像以上に埋め尽くされている。
友人によるとSNSで話題で、関東圏の感度の高いやつらは、もうとうに参加していて、しかも結構結果を出しているとのことなのだ。

そうこうしているうちに説明会は始まり、壇上に出てきた男はスーツ姿でいかにもモテそうなスラっとした男だ。
「今日は来てくださってありがとうございます。私ですね説明会を担当させていただきます夢見手進(ゆめみてすすむ)と申します。今日は説明会ですのでね、冷たいお茶でも飲んでゆっくり聞いてください。」
すると、クーラーボックスを持ったスタッフがぞろぞろと現れ、参加者にキンキンに冷えた緑茶を配り始めた。
今日は暑い日だし、会場も大量の男たちの熱気がこもってもうみんな喉はカラカラである。
こんな時に提供されるお茶はまさに神の雫と言ったところだろう。
それにしても、こんな大きい会場と人数分のお茶と、どうやってお金を用意したのだろう?

「さて、我々資本主義恋愛団体は、男性に出会いのチャンスを提供し恋人作りの支援をしています。また、そのチャンスを生かすための恋愛メソッドを特別に会員にレクチャーしています。会員になるためにはまずは養成所で研修を受ける必要が有ります。その中で人間としての深みを磨いて頂き、研修を終えた方に本会員になっていただきます。また、研修で優れた成績を収められた方にはいち早く幹部候補生の立場になって頂きます。加えて、他の会員を紹介して下さった方にも、人数に応じてボーナスがあり、ゆくゆくは役職も担ってもらいます。役職が上がるにつれて、当団体会員専用のラウンジを利用できるようになります。それぞれのラウンジには入れる役職が設定されており、該当役職に達した上で上位の役職者の紹介によって初めて中に入れるようになります。また、当団体には恋愛のスペシャリストがそろっており、人脈を作りながらメソッドを学び、確実にモテへの一歩を積み重ねていくことができます。幹部の誕生日会には沢山の女性が集まります。そこに参加できる人物は限られていますが、参加出来たらきっと最高の一日になるに違いありません。また、成果に応じて上位者には団体から女性が紹介される仕組みが有ります。」

ここまで聞いて、僕は「やばくねぇ?」と思いました。
友人が小声で「これやばくねぇ?」と耳打ちしてきました。
僕も「うんやばいと思う」と答えました。
「成績が良ければ誰にでもチャンスがあるってことだよな、これやばくねぇ?ワンチャンあるぞ。」
「え?」
思わず僕は耳を疑いました。
何か言おうかと思いましたが、目を輝かせている友人を見て僕は黙り込んでしまいました。

周りを見渡すともう既に飽きている人と話に聞き入っている人と両方いるようだが、出入り口の前には大柄な男がおり、どうも途中退室しづらい空気感があった。
半強制的に最後まで聞き遂げなければいけない状況の中、夢見手の饒舌を聞き続けると、どこか現実とは違う場所に来てしまったかのような気分になってくる。
なんだかここは僕たちが過ごしていた現実ではないようだ。

「さて、今日はスペシャルゲストを招いています。めったにお会いできる方ではございません。人気沸騰中のあのカリスマです。では、当団体の主催者の登場です!」
夢見手の前口上の後、スモークが噴射され奥からライトに照らされながら、高級そうなマフィアが着るような派手なファーの付いたダウンを着た筋肉質で金髪の男が手を振りながら登場した。
「お前らみんなイケてんなぁ!すごい可能性感じるわ!!
なぁ、その可能性さ、ここで試して、彼女作ったらいいじゃんね!できないわけないだろ!絶対できるね!俺が保証するわ!
どうやったってできるんだよ!自分を信じればさ!だってお前らめちゃくちゃイケてるもん。
ここでならさ、絶対やれるって!自分を信じてさ!あと俺らのことも信じて。ずっとさ、お前が経てきた経験生かしてさ。
それに俺、お前が一番優しいって知ってるもん。お前がモテない世界なんて間違ってるだろ?だから俺らが変えてやるよ!変わるなら絶対今だって!今!やるかやらないか!それしか無いんだって。
変われる奴は絶対今始めてる。間違いない。今しかないだろ?お前らの人生、変えてやるよ!!変わろうぜ!!!」

そして、会場が急に暗転し、しばらく無音になる。
なんだなんだと周りがざわざわし始める。
「パパパパパパパ!!!!!」と爆竹が鳴り響く。
大丈夫なのか?演出?ガチ??
会場が急に明るくなり、金髪のカリスマが上下金色の服装になり金色のマイクを握りながら、クジャクのような服を着た女性陣に囲まれてサンバを踊り始めた。
そして歌詞が流れ始め、曲に合わせて踊り続ける。
歌詞は「俺は完璧な人間だ。俺の前の敵は全て葬り去った。俺の後ろに道はある。その道をただついてくればいい。」というような内容だった。

普通に考えて全て意味不明なのだが、閉鎖空間の中で繰り広げられる非日常的演出に頭がクラクラしてきて、普段冷静な僕でさえもなんかいけるんじゃないかという気がしてきている。
隣にいる友人は口が半開きになりながらその舞台に集中しきっていた。

「俺についてこい!!」
そう叫びながら、カリスマは舞台袖にはけていった。

その後、パンフレットが配られ、参加料や、早期参加の割引の情報が伝えられ、また、無料の体験授業の案内があった。

ロビーには入会の申し込み所があり、「やるなら今でしょ!」ののぼりが横に立っていた。
既に長蛇の列ができており、友人も「俺はやるわ!」と言って並びだしていた。
「いや、ちょっと一回家に帰って考えた方が良いよ!」と言ったのだが、
「やれる男は今すぐ始めるからさ。今、始めるしかないよな。」と言って聞かなかった。
止めたかったが、どうしても聞かないし、僕もこの空間にいるのが限界で、本当にキツかったし、友人も「まぁお前は先帰れば?」とのことだったので、気がかりではあったが友人を置いて会場を後にした。
出口では、夢見手が笑顔を絶やさず一人一人に「また来てくださいね」と声をかけていた。

半分パニックになりながら蒸し暑い街を歩き続け、自販機で買った緑茶を手に道路わきの公園のベンチに座り込んだ。
セミが「ミンミンミンミン、シュワシュワシュワ」と鳴き続ける。
「あれ、俺って誰で、ここで何をしてるんだっけ?」と思った。

一度よく考えてみよう

家に帰って少し昼寝をした後、僕は資本主義恋愛団体について調べ始めた。
なにしろ、最近SNSで有名になった恋愛集団で羽振りがいいことで有名。否定的な書き込みもあるが、それらのコメントの全てに、「いや、そんなことない。こんな素晴らしい活動に参加せずに妬みを言っているな。否定しているやつはずっとそのままで、俺らはみんな幸せになっている。」という趣旨の返信がされていた。
その結果、最近では外部からのコメントは減り、おおよそ関係者のコメントで埋め尽くされているようであった。
そして、上げられている写真や動画に登場している人物はみな笑顔で、「○○さんと出会えて幸せです」というような投稿で埋め尽くされていた。
高価な商品や過激な演出で注目が集まるのも頷ける。

さて、僕は冷静に考えた。
「金」「女」「出会い」「SNS」「研修」「幹部」「紹介」「笑顔」「幸せ」
アブダクション推論である。
情報をつなぎ合わせて導き出した仮説はこうだ。
養成所の授業料を集めて、スカウトした女性に配る。
そして、さらに女性にお金を積んで、成果を出したメンバーに割り当てて出会いの場を作る(尚、成果による稼ぎが女性に流れている)。
その出会いをSNSに投稿する。
投稿に対する批判的な意見に対しては、研修中のメンバーが粘着して返信している。
そして、働きの良いものが幹部になる。
幹部になればもちろん自分にも女性が紹介されるし、下の役職の者に女性を手配する立場にもなるので、下からおべっかを使ってもらえるようになる。
そして、SNSで投稿されるような場では皆が笑顔でいることが義務付けられているし、自分は幸せですと言うように指示されているのだろう。

これを考えると、要するに「恋愛マルチ」であって、
いかにも頭のおかしい集団のように思うが、
「資本主義恋愛団体」と銘打っているあたりからして、
それが素晴らしい価値観ですと言っているようで、最早何が正しいのかよく分からなくなった。
僕はそんなことがしたいわけでは無いんだけど、今のような体たらくをしていたらきっと彼女はできないし、
そもそも女性が何が欲しいのかもよく分からなくなってしまった。

混乱した頭のまま、いつも友人とプレイしていたゲームをやりはじめた。
いつも、フレンド欄の友人のユーザー名の横にはログイン中のマークがついているのだが、今日はついておらず、このゲームの中が僕たちの日常だったはずなのに、一人だけ取り残されてしまったようでなんだか少し寂しかった。

しばらくして友人からLINEが来ました

友人「で、お前どうすんの?」
僕(静)「アレのこと?」
友人「そりゃアレしかないだろ。」
僕(静)「で、どうなの?実際?」
友人「そりゃすごいよ」
僕(静)「何が?」
友人「何がって、説明会参加してたら大体分かるだろ?とにかくすごいんだよ!」
僕(静)「まぁそうか」
友人「そうよ、お前、絶対後悔すんぞ。やっときゃよかったって。とにかくすげえ人ばっかで刺激になるし、中の人もみんな幸せですって言ってるし、俺の笑顔が周りの人を笑顔にするんだってさ。そう、だから俺、もっと頑張って笑わないとって思ってさ。」
僕(静)「お前、無理してねぇの?」
友人「無理?いや、これまでにないぐらい充実してるけど?あ、そうだ、そういえばお前、入りたいなら俺が紹介してやるよ。そしたらさどっちにもメリットあんじゃん。お前も割引あるってよ。どう?あと、体験はさぁタダだからそれだけでも来たらいいじゃん。」
僕(静)「えー?ていうかお前ゲーム全然ログインしてねぇじゃん。お前いないとダンジョン攻略するのキツくてさ。またやろうぜ?」
友人「いや、今そんなことやってる場合じゃねぇだろ?」
僕(静)「え?」
友人「いやいや、とりあえずさ、体験だけでも来てくれよ。」
僕(静)「えー?」
友人「分かった!じゃあ体験来たらゲームやったる。」
僕(静)「いや、やってる場合じゃないって言ってたし、絶対出まかせだろ笑」
友人「うるせー!来い!とにかく来い!来い!来い!来い!!!!」
僕(静)「おいおいおいおいおい」
友人「来てくださいお願いします」
僕(静)「いや、こわ」

押しに弱い僕は、とりあえず、体験に行くことになってしまった。

体験授業に参加することに

体験授業は、また夢見手が担当していた。
今回の授業内容は前半が「意中の女性と距離を縮めるには」、後半が「SNS戦略」であった。

「さて、皆さん。今日も来て下さってありがとうございます。
何事も日々の積み重ねですね。今日ここに来て下さったことが皆様の人生の糧になっていきます。
一秒一秒を無駄にしないようにしましょう。
全てを吸収していきましょう。それがモテにつながります。
皆さんはこんな曲を聞いたことがありますでしょうか?
---ほらあなたにとって大事な人ほどすぐそばにいるの---
これは世代問わず人気の邦楽の歌詞から抜粋したものですね。
このことは心理学的にも正しいと言われています。
アメリカの心理学者ロバート・ザイアンスが発表した単純接触効果では、
初対面の相手には警戒心を抱くが、接触回数が増えることで警戒心が消えていき、しだいに相手に好感さえ抱くようになると言われています。
ですので、まずはちょっとした挨拶を会うたびにするところから始めましょう。
そしてここからが本番です。
もし仲良くなったら、さりげなくこの曲を流しておきましょう。
何回も何回も流しましょう。
この曲ばっかり流してるね。と言われたら、うん、大好きなんだこの曲と答えましょう。
カラオケに行ってもこの曲を歌いましょう。
この曲ばかりだねと言われたらしめたものです。
相手の頭の中に---ほらあなたにとって大事な人ほどすぐそばにいるの---という歌詞が刷り込まれている証拠です。
大事な人ほどすぐそばにいる。
そして、その時にすぐそばにいるのはあなたです。
すぐそばにいるあなたが相手にとって大事な人になっていますね。
単純接触効果をより強力にする手法として、当団体はこの方法を勧めています。
同じ曲ばっかり聞いたり歌ったりしてバカな人だと思われるかもしれません。
でもそれでいいんです。
男はバカなぐらいが良いんです。
そして笑顔を忘れないようにしましょう。
男はピエロですから。
ここ、笑うところですよ!
笑顔は人を幸せにします。
笑顔を絶やさないようにしましょう。」

ここまで聞いて僕は、
「みんなが好きなあの曲を、こんなある種洗脳みたいに使うなんて、音楽に対するリスペクトが全く無いし、なんて気持ち悪い考え方なんだろう」と思った。

そして、心理学を悪用したような小狡いモテ術の話をひとしきりした後に、
実際の女性を相手にしながらモテ術を試し、団体のプロのモテプロフェッショナルがその場でアドバイスをする「絶対成就!確実モテプロ量産計画!」1時間3万円のレッスンの受講権利の販売のアナウンスがあった。
友人が配られたチラシを凝視しているのが気になった。

そして後半は団体が力を入れているSNS活用に関連して、実技型の動画での挨拶の練習であった。
動画の冒頭でコミカルな動きをしながら「あーナントカナントカYoutuber○○です!」とやっているアレである。
それを一人ずつ壇上でやることになった。

「最悪だ、、」
僕は思った。

友人は何度かこの試練を乗り超えているようで、慣れたようにスムーズにこなしていた。

そして、僕の番が来た。
「静です、、。静かすぎて自動ドアが反応しないとです。静です。」
某芸人のネタをオマージュして自分の名前をかけた自己紹介。この場で考えたにしては悪くないのではないか?と思ったが、
「ショートでやるなら尺が長いね。」
と、思いのほかまともな指摘を受けてしまった。

そんなことがありながらその日の授業が終わって、
結局僕は「もう来たくない」という結論に達した。

帰り道、友人に意を決して、「俺、ちょっともう参加しないわ」と伝えた。
「え、なんで?これ続けたらモテんだよ?何でやんないの?モテたくないの?お前」と聞いてくる友人。
「いや、俺、挨拶長いし」
「挨拶ぐらい練習したらすぐできるようになるだろ!」
「いや、俺、多分ずっと挨拶長いから。俺結構頑固者だし、ずっと長い挨拶すると思う。」
「なんでだよ!」
「というか挨拶もしたくないし、もう来たくない」
といって見た友人の横顔は少し涙ぐんでいた。
本当は何か声をかけなくてはいけなかったのかもしれないが、
とにかくもう来たくなさ過ぎてどうしようもなかった。
「でもさぁ、俺はもうやるって決めたし、ここで結果出すから」と言う友人は、
少しヒステリックで自分に言い聞かせるようだった。
「お前無理すんなよ」と僕は言った。
「お前はいい奴なんだから」と僕は続けた。
「いい奴なだけじゃダメなんだよ!」叫ぶ友人。
「そっ、、か、」つぶやく僕。
しばらく無言が続いた後、絞り出すように「お前も、、無理すんなよ」と言った友人は最後まで優しい奴だった。
僕は家に帰った後、しばらく泣いた。

そこそこ忙しい普通の日常と変わってしまった友人

なんだかんだ日々は過ぎた。
大学の単位も取らなきゃいけないし、加えて僕はアルバイトを始めた。
知り合いに出くわさないように、家から少しだけ離れたスーパーで始めたバイトでは初日からひどい目に遭った。
店長に「今日からよろしくお願いいたします」と言った後、最初にバックヤードに連れていかれた。店長はまともな人で、まず、初日にやることを教えてくれた。
「ここら辺にインスタント食品とかレトルトとかが固めてあるから、売り場の棚を見て足りてないものがあったら足しておいて。持っていくものが多かったらそこの荷台を使ってくれてもいいし。あとは、それやりながら、どこら辺に何があるのか覚えていって。じゃあとりあえずやってみてくれる?」
「分かりました」
そうして、店のエプロンを着て、慣れてない店の中をふらふらしながら、足りてないものを裏から足していった。
そんな作業をしていると、初老のおじさんに声をかけられた。「ねぇ君、ローリエってどこに置いてあるの?」
「あ、はい。えっと、、」と口ごもる僕。丁寧語を使わずに慣れた相手に聞くようにくる感じ、少しヤバみを感じる。
「すみません、ちょっと僕今日入ったばかりでどこにあるか分からなくて、、」
「は?」
背筋が凍り付く。
「分からないじゃないだろう?」
「すみません」
「だからすみませんじゃないんだって」
「、、、。」
「君、仕事やってるんだよね?」
「、、、。」
「何で、客困らせるようなことしてんの?」
「すみません」
「すみませんって言うな!!」
「、、、。」
「お前、マジでなんっも考えてないなぁ」
「、、、。」
「なんもできないの?」
「、、、。」
典型的クレーマーに詰められて、黙り込む僕。
これは、何を言ってもどうしようもないと思い、頭を垂れながら罵倒を食らい続ける僕。
いるとは聞いていたが本当にいるんだなこんな奴。しかも初日。
というか、お前、ローリエって、妙に凝ったもの買いやがって。
ローリエって何だっけ?
ああ、そうか肉の臭みを取るやつか。
お前は、臭いまま肉食えよ。
で言うか、肉の臭み取る前に、お前の顔面にローリエこすりつけて練りこんで加齢臭取ってやろうか、クソジジイ!
と心の中で思いながら、無言で怒られ続けていたところ、騒ぎを聞きつけた店長が来てくれた。
「すみません。ご迷惑おかけして申し訳ありません。どうなされましたか?」
「どうもこうもないよ。ローリエの場所聞いたらさ、分からないって言うから、どうなってるのか聞いてたんだよ!」
「そうでしたか。大変申し訳ございません。今すぐご案内します。」
「大概にしてくれよ」
といって、店長に案内されながらスタスタと歩いていった。

僕はしばらくそこで呆然と立ち尽くしていた。
しばらくして店長が戻ってきて「何があったの?」と聞かれた。
「ちょっとローリエの場所分からないって言っちゃって、、」
「ああ、ババ引いたね」
「はぁ」気の抜けた返事をする僕。
「世の中色んな人がいるだろう?」
「最悪ですよ」
「ははは、まぁこれで好きな飲み物でも買ってきなよ。休憩室の自販機使ってね。」
と言って、200円をくれた。
「え?」
「いいからいいから」

休憩室に移動しながら僕は、
「ってことはやっぱなかなか無いことなんかな。マジで怖ぁ。なんであんな奴おるんやろうな。」と考えていた。
こんな時はサッパリリンゴ味が良いかなと選び「ガタン」と自販機からペットボトルが落ちてくる。
そんな訳ないのだが、サッパリというよりかはほろ苦い味がしたような気がした。

「それにしても世の中意味不明だなぁ」と僕は思った。

後で店長にお釣りを返しに行ったら「そんなんいらんいらん」と言われた。
なんとか初日のバイトを終えて、僕は家に帰った。
そして、その後僕は次の衝撃に襲われることになる。

ご飯を食べて風呂に入って、その後ベッドで横になりながらSNSを徘徊していると、信じられないものを見てしまった。
要するに団体の投稿の中に友人が出てきていたのだが、一つずつ順を追って説明する。
まずは、カリスマと夢見手が女性に囲まれながらドンペリを飲んでいる動画。
ここまでは、見たことあるような内容だ。
そして、その次の投稿に以下のように書かれていた。
「新メンバーの○○君です!小柄でカワイイイケメン君です!」
○○とは友人のことである。
ばっちり本名であった。
ああ、そうか、養成所は本名で申し込むから、SNSでも普通にさらされるんだな。いや、これ、きっついな。
投稿にくっついている動画では友人が「どうも○○です。よろしくお願いします!」と言いながら笑顔で手を振っていた。
名前もそうだから、友人で間違いないのだが、どことなくカッコよくなっているというか、なんというか普通に顔が違っている。
加工か?この動画見ると、いや、多分いじってるなこれ。
いや、小柄なイケメン君って、いやマジかこれ。
そして、一番驚くべきはその次の投稿であった。
中央で踊っているバニーガール。そして、その後ろの両隣で夢見手と友人が二人とも金色の服を着てずっとコマネチをしていた。
いや、友人、イケメンになって、金色の服着てずっとコマネチしとる!

いや、それ、おもろいやんって思うかもしれないが、正直、僕はすごく嫌だった。
整形もポジティブな意見も増えてきているのかもしれないけど、
僕は実際、友人が訳分からん団体に入ってイケメンになってコマネチしてるのが本当に嫌だった。

はぁ、今日は最悪だ。
もう寝よう。
横になったが、ぶちギレるおっさんの顔とコマネチする友人の姿が頭の中でグルグル回り、なかなか寝付けないし、多少気持ち悪くなってきた。
「俺の日常はどこに行ったのだろう?いや、これが新しい日常なのか?だとしたらあんまりだ。」

しばらくして大学に行くと、
知り合いのAとBに友人のことについて聞かれた。
A「お前、この動画知ってるか??」
僕(静)「まぁ、知ってるけど、、」
A「何か聞いてねぇの?」
僕(静)「何かって?」
A「いや、何でも。っていうかそもそもこれアイツなの?」
僕(静)「多分、、」
A「アイツに連絡した?」
僕(静)「いや、ちょっと、、」
A「何か聞いてみろって」
僕(静)「いや、聞きにくくってさ」
A「あー。そういう?」
僕(静)「そんな感じの」
B「ていうか聞けるのお前しかいなくね?」
僕(静)「そんなことは無いだろ」
B「お前友達じゃないの?アイツと」
僕(静)「いや、色々あんだよ。」
B「色々ってなんだよ?」
僕(静)「うるさいなぁ。お前が聞いたらいいだろ、そしたら。」
B「俺はちがうだろ」
僕(静)「何でだよ」
B「ていうかみんな気になってんだよ」
僕(静)「俺も気になるけどさ」
B「じゃあ聞けよ」
僕(静)「いやもう、うるせー。マジうるせー。ていうかお前まじウゼー。お前マジうざいわ。うざ。」
B「はぁぁ???」
A「やめろやめろやめろ。静、お前今日もういいわ。Bには俺が言っとくから。お前今日冷静じゃないな。ちょっともういいわ。」
ちょっと黙った後、「わりぃ」と言って僕は席を外した。
去り際に後ろから「まじウゼーわ」というBのつぶやきとAのため息が聞こえた。

僕はもう、コマネチの友人の話を人前でしないようにしようと思った。

数年後の顛末

数年経った。
僕はその間、大学に通い、やっていたゲームを惰性で続け、スーパーでのアルバイトをしていた。
特にバイトに関しては、今では店内の商品の場所もすべて把握し、在庫の管理や商品の仕入れ数を決めることまで任されるようになっていた。

もう就活も始まりかけているが、
ああ、世の中ってのは面倒くさいことばっかりだし、社会にも出たくないけど、やっぱ就職しないとキツイよなぁと渋々ながら、まぁなんというか楽観的に適当に進めていた。

とりあえず、ESの書き方でも調べるかとスマホを手に取り、
やっぱり調べるのが嫌になってXを開くと、トレンドに見覚えのある単語が上がっていた。
「資本主義恋愛団体」
あれ?これって?
ああ、あの時友人が入ったやつだな。あんま見たくなくて関連のフォロー全部外したのを忘れてたわ。
ていうかトレンド1位って、何が起きてんだこれ?

色々と情報を追っていくと、
どうやら内部の女性が不同意性交の告発をしたそうだ。
そして、界隈がもう全てめちゃくちゃ炎上している。
特に例のカリスマが最後に上げた動画がありえないぐらい回っているようだ。
カリスマが大きく目を見開いて「俺はこの腐った世の中に明かりを灯したかった!!!」と叫んでいる。
その様子がクスリでキマっているようであることから「#ガンギマリ」で大量にリツイートされていた。
総インプは1億を超えたようだ。

そして、友人がコマネチしていた動画も「#絶望バニーダンス」としてそこそこ拡散されていた。

警察に捕まる捕まらないだの、
幹部は海外に高飛びしているだの、
あの団体は整形してる奴ばっかりだからみんな顔を変えて逃げているに違いないだとか、
情報が錯綜して訳が分からない状態になっていた。

その事件はマスコミにも取り上げられ、
ワイドショーでも、SNSやマッチングアプリで参加者を集めたネズミ講のようなものとして伝えられ、注意喚起がなされた。
SNSの動画も一部切り取られてTVで流れた。その中には友人の動画もあり、期せずして地上波に乗ることとなった。

また、便乗していくつか動画が作られ、
「この腐ったフルーツの皮で世の中に明かりを灯したかった」というランタンアーティストの動画には、
「すごく綺麗」
「これを見て心を静めよう」
「この腐った世の中にともしびを!」
といったコメントが寄せられた。

それらの一連のものを見て、
僕は「友人のことが心配」と思うのではなく、
「全てが面倒くさい」と思った。
就活のことも、友人の状況のことも、周りの人たちとの人間関係も、全てが面倒くさいし、
世の中は意味が分からないし、
僕は自分が生きていくことも上手くできないし、
大事だった友人の様子を気に掛けることもできないし、
愚鈍で馬鹿で臆病でなにかにつけて逃げるし、
しかもその逃げ癖のおかげで巻き込めれずに上手く生き延びてしまっている。
他人を本当に心配することが出来なくなった。
責められないように心配するフリをするのだけが上手くなった。
自分が傷つかずに巻き込まれずにのうのうと生き続けることをいかに正当化するかに頭を使うようになった。
そして心の端っこには「友人が成功しなくて良かった」というほの暗い感情があることに気付いた。

その時、僕は就活が上手くいっていなかった。
面接ではスーパーのアルバイトを頑張っている話をしたが、どうも手ごたえが無かった。
特別な何かが欲しかった。
そして、友人が特別な存在になることが出来てなくて内心ホッとしたのだ。

そして、意外と忙しいという理由を心の中に作り出して、
資本主義恋愛団体のことはもう自分とは関係ないと思い込んだ。
いや、冷静に考えて関係ある訳ないだろ?
僕に関係ある訳ないし、もう関わりたくもない。

僕はただの卑怯者だった。
友人のLINEのアカウントも消えていた。
全てのことが怖かった。

そういえばあのゲームを友人と一緒にやっていたことを思い出した。
恐る恐るフレンド欄を見てみると、やはりログイン中のマークは付いていなかった。
「もう、アプリこと消してるよな流石に」と思った。
足が付かないように恐る恐る生存確認をしていた。

「また、ゲームやろうぜ」って、もうアイツには送れなかった。
そうすることが自分の人生を犠牲にして助けることのように思えてしまった。
そうして、どうせ何もしないのに、自分を責めて、一人で苦しんだ。
結局何もしなかった。

僕は手癖でそのゲームをやり始めた。
長年かけて構築された理論上最強のパーティーは、
殆どのダンジョンを効率的に攻略できるようになっていた。
そして、決まった指の動かし方をして完勝を収めた。
くだらないことかもしれないけど、そうやって何かで勝てることを見つけることで、かすかに自分の存在価値を守っていた。
同じ作業を繰り返して、時に怒られながら、これだけはできるということを死守して僕は何とか生きている。
どうしようもないし、大したこともできないけれど、生きていくことを許してほしい。
本当にごめんなさい。
謝っても何も変わらないけど、僕は謝り続けながら生きています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?