帝国に挑む(8) ~あだ名~
小学3年生になった頃から、幼馴染のサトシ君が他の友達と遊ぶようになった。
クラスが違うから一緒にいる時間が少なくなった。
それでも前までは、授業が終わると「にっしん!帰ろう!」とボクの教室まで迎えに来てくれていたのに、それも減ってきて、ついには無くなった。
「にっしん」というのは、サトシ君が作ってくれたボクの「あだ名」だ。
喧嘩をしたわけでもないのに、ボクらの距離は日に日に離れていった。
そのことには気がついていたけど、だけど、喧嘩をしたわけじゃない。
謝れば元どおりになるのなら、いくらでも謝るけど、今回はそうじゃない。
なんでギクシャクしてるんだろ?
目が合っても、すぐにそれてしまう。
どうすればいいか分からないまま、時間だけが過ぎていった。
その頃からサトシ君は不良グループとつるむようになった。
ボクはテレビで観た「加トちゃんケンちゃん」や「とんねるず」に夢中で、不良とは程遠い場所にいた。
一緒に帰らなくても、家は目の前だ。
帰り道、不良グループの中にいるサトシ君と何度も遭遇した。
サトシ君は、どこかバツの悪そうな顔をしていた。そして、いつも何かに苛立っていた。
ある日。
教室の外で不良グループと一緒に騒いでいたサトシ君が、「西野〜!」と声をかけてきて、息が止まった。
なんだよ、それ。
ボクを名字で呼んだことなんて、今まで一度だって無かったじゃないか。
「西野」って、なんだよ。
これまで「アダ名」で呼んでくれていた友達が、ある日、突然「呼び捨て」になった時の寂しさは、その後の人生で何度か経験したけど、この時が一番寂しかったな。
「西野」と呼ばれた瞬間、材木屋の倉庫に忍びこんで「秘密基地」を作ったあの頃みたいなボクらに戻ることができないことが、すぐに分かった。
サトシ君には新しい仲間ができて、たぶん、もう、違う場所に向かっている。
サトシ君と離れる日が来るなんて夢にも思わなくて、ボクは「西野」を簡単に受け入れることができなかった。
その日を境に、ボクらは別々の道を歩き始めた。
ボクはできるならサトシ君と一緒に歩きたかったけど、切り捨てられた。
ずっと、そう思っていた。今の今まで。
だけど、この30年遅れの日記を書いている時に思い出した。
あれは、3年生になったばかりの頃だ。
同じクラスに「西原君」という子がいて、彼の「あだ名」も、また「にっしん」だった。
「同じクラスに『にっしん』が二人いるのは、ややこしい」とクラスの誰かが言い出して、ボクの「あだ名」を変えることになった。
当時、『ヤキソバン』というヒーローが登場する「日清やきそばUFO」のCMが流行っていて、「西野→にっしん→UFO」という短絡的な流れで、ボクの新しい「あだ名」は『UFO』になった。
ボクは、このスットンキョウな新しい「あだ名」を随分と気に入って、あらゆる場面で『UFO』を前面に押し出した。
ボクはいわゆるクラスの人気者で、クラスの皆が「UFO!」「UFO!」と面白がった。
ボクも調子にのって、『ヤキソバン』のモノマネをして、クラスの皆の期待に応え、笑いを誘った
サトシ君が、その光景を見たらどう思うだろう。
「遠くに行っちゃった」と思うだろうな。
ほんとバカだな。今になって気づいた。何やってんだろ。
切り捨てたのはボクじゃないか。
サトシ君が作ってくれた「にっしん」という「あだ名」をボクが捨てたんだ。何やってんだ、ホントに。
タイムマシンがあって、もし、あの頃に行けるのなら、教室の真ん中で『UFO』というスットンキョウな「あだ名」で調子にのっているボクにそっと耳打ちするだろう。
「おい。ちゃんと、サトシ君に説明しな。彼は今、寂しい思いをしてるよ」
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