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帝国に挑む(5) ~帰り道~

あれは小学校の低学年の頃だったか、高学年の頃だったか。
時期はもう思い出せないけど、帰り道の景色は薄っすらと覚えている。

帰り道沿いに用水路が流れていて、ボクらはそこに笹舟を浮かべた。

笹の葉の先っちょを折りたたんで、チーズのようにペリペリッと割く。縦に2本だ。
すると、輪っかが「3つ」できるから、右の輪っかの先を、左の輪っかの中に入れる。これで「船首」が完成。反対側も同じ要領で「船首」を作る。

笹舟の作り方を教えてくれたのは誰なんだろう。もう思い出せないな。


用水路をユラユラと進む笹舟と並んで歩く帰り道。

途中、笹舟が障害物に引っかかったので、笹舟のすぐ近くの水をめがけて小石を投げ、波で揺らして、再び舟を出した。
しばらくすると、また笹舟が障害物に引っかかって…そんなストレスを何度か繰り返したのだろう。
いつからか、「笹舟」は「牛乳キャップ」に変わっていた。


牛乳キャップは給食の時に一人一枚獲得できる。
給食が終わると、皆、自分の牛乳キャップを机の上に差し出して、順番に「パッ!」と息を吐きかけた。
「フッ!」だと一ヶ所に息が集中してしまうので、広範囲に行き届くよう「パッ!」だ。
そこで、ひっくり返った牛乳キャップが自分のものになる。
僕らはこの賭け事を「パァべん」と呼んでいた。
「べん」は、「弁」なのかな。

ボクは「パァべん」があまり得意じゃなかった。
身体が小さかったし、細っちょだったから、肺活量が少なかったのかもしれない。  


帰り道。

「パァべん」の勝者が、それはもう誇らしげに、たくさんの牛乳キャップを持って歩いていた。
今、考えると「ゴミ」なんだけど、あの頃の牛乳キャップは「ゴミ」なんかじゃなかった。
ビニール袋にたくさんの牛乳キャップを入れている友達を見て、「スゲーなー」と憧れた。

牛乳キャップは水の上を滑るように流れた。
角がないので、障害物がきても、クルンクルンと身体を回転させて、スイスイ進んだ。
「タニシ」が大量発生している箇所を「悪魔ゾーン」と呼び、「はたして、悪魔ゾーンを抜けるのかぁ〜?」と実況しながら帰った。
ちなみに学校のプールのシャワーのことは「地獄のシャワー」と呼んでいた。
思い出のどこを切り取ってもアホだ。

用水路は途中で小さな川に出る。
そこは小さな滝になっていて、滝の先は、小さな滝壺が出来ていた。
大雨の翌日などは、どこからか流れてきた魚が、ここに溜まっていて、ボクらは「魚がおる!魚がおる!」と騒いだ。
学校の校庭にノラ犬が迷い込んできた時は「犬や!犬がおる!」と叫んだ。
とにかく、見たものを口にするらしい。

用水路を順調に進み、滝壺に落ちた牛乳キャップは、そこから先に流れることはなく、同じ場所をずっとグルグル回っていた。
他の水は、どんどん次に進んでいるのに、ただ一箇所、同じ場所をずっとグルグル回っている水があった。

ボクは「この水は、いつから、ここにいるのかなぁ?」と思った。

水が流れていかないことが不思議で仕方がなくて、「ちょっと、先に帰っといて」
と友達に伝え、ボクは、同じ場所をグルグル回る牛乳キャップを眺めていた。

別の牛乳キャップを用水路に投げて様子を見てみたら、その牛乳キャップは、滝壺のグルグルに巻き込まれることなく、次に進んだ。
相変わらず、さっきの牛乳キャップだけが同じ場所をグルグルしている。
どうやら、滝の進入角度に原因がありそうだ。

そのことを確かめたくて、もう一度、牛乳キャップを用水路に投げようと思い、ポケットに手を突っ込んだけど、もうポケットは空っぽだった。

ボクは「パァべん」が弱い。

日をあらためて、水で溶かした絵の具を用水路に流して、「前に進む水」と「滝壺に巻き込まれてグルグルまわる水」の経路を見る実験をしようと思ったんだけど、そういえば、あの実験は、やらずじまいだったな。

皆が次に進んでいるのに、「なんで? なんで?」と、その都度、立ち止まり、納得がいくまで同じ場所をグルグルまわる子供だった。今もあまり変わらないな。
今も、よく一人になる。




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