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アコギ回顧録 Vol.37 「ギターだけが進化しすぎた?Somogyi」「個人的な好み」「その後のサウンドの変化」

 ギターを道具(弾くもの、使うもの)として捉え、プレイヤーの視点から見た良いギターとはどのようなものか?その答えを追い求めて50年余り。所有したギター本数も3桁に届くぐらい?!
 その答えと言えるかどうかわかりませんが、過去~現在を振り返って自分なりの考え方をまとめてみようと思いました。アコギ好きの方、興味のある方にとって、少しでもお役に立つことができれば幸いです。


「ギターだけが進化しすぎた?Somogyi」

 Somogyiはその後も進化を続けそのサウンドもどんどん変化していきました。よりふくよかで反応が鋭くなり、ギターそのものの表現力が増しています。これは別の角度から見れば、ギターだけが進化しすぎてそれに見合う楽曲がないのではないか?というような疑問すら抱いてしまうことがあります。違う言い方をすれば、“このギターでなければ表現できない”そんな楽曲は存在しないのではないか?ということです。アコギのインストあるいは演奏形態の枠をもっと広げて、クラシックの楽曲なども含めて考えればもっと別の解釈ができるかもしれません。残念ながら自分はそれほど広い範囲の音楽を知っているわけではないので、その辺はまだまだ勉強していかないといけないと思っています。 

Somogyi D-Cutaway(1987)

  ギターだけが進化しすぎてそれに見合う楽曲がないのではないか?という言い方をしてしまうと、アマチュアなどがSomogyiを持つなどはもってのほか!という感じを受ける方もいると思いますが、そんなことはまったく考えていません。その音が好きで、買うことができるなら誰が持ってもなんら問題はないと思っています。下手であろうが上手であろうが、そのギターを手に入れたことで心が豊かになったり、心に潤いが持てるなら最高です。人によっては人生が変わることもあるかもしれません。ギターの練習をするモチベーションにもかなり貢献すると思います。それはSomogyi以外のギターでも同じだと思っています。 


「個人的な好み」

 Somogyiのサウンドについての個人的な好みで言えば、1991年のカリフォルニアの山火事によって工房が焼けてしまう前のあたりの作品が一番好きです。(年代で言えば1985年~1990年ぐらい。)この頃が自分にとってSomogyiの作品の中でも一番「木の音」を感じさせてくれるサウンドであったと思います。個人の勝手な感想なので、あてにはなりませんし、言葉でそのニュアンスはうまく伝わらないと思いますが・・・。

Somogyi M.D. Cutaway (2004)


「その後のサウンドの変化」

 工房が焼けた後1993年から再開されますが、出来あがってきた新しいギターのサウンドはガラッと変わっていました。そのサウンドはメッチャ音の芯が太く、硬いフラットピックでどれだけ強く弾いても音がつぶれない感じでメチャクチャパワーがありました。

 1969年のMARTINのD-45とよく弾き比べていましたが、D-45がぜんぜん頼りなく思えるほどでした。ただ、ふくよかな感じはまったくなく、とにかく鳴る!!という感じで「凄いな~、ええんかな~?」ぐらいの感覚でした。また、火事で型枠等も焼けてしまったのでしょう。ヘッドの形も大きく変わってしまっていました。この頃のヘッドはかなり細長くなっています。その後だんだん以前の形に近づいて行き、以前のものとほとんど変わらない形状になったと思います。きちんと計測した訳ではありませんので正確ではありませんが、ヘッドの形状が変化したのは事実です。

 

 そこからは過去にないペースで、どんどんそのサウンドが変化して行きます。(もちろん構造上の変化も多々ありました。ネックにロッドが仕込まれるようになったり、サイドがラミネイトになったり。新しいギターを製作するたびに、様々な実験をしていたようです。

 新しいSomogyiを見るたびに、その変化・進化に驚いていました。

  徐々にふくよかさが増していき、その分音の芯は少しずつ細くなって行きました。よりレスポンスが鋭くなり繊細さも増していきます。その傾向は何年も続き、サウンドもずっと変化し続けて行きました。その変化を横目で見ながら「すごいなー、どこまで行くんやろ~?」と内心思っていましたが、ある時点で「ちょっと行き過ぎと違うかな?」と思い始めました。

  もちろん誰もが同じ感想を抱くとは思いませんので、あくまでも自分の感覚の話です。自分はピック弾きでも指弾きでも、かなりアタックが強い方です。なので、強くアタックをかけても音がつぶれてしまわないギターを求めています。その点で、Somogyiはあるときから「自分にとっては行き過ぎてしまった。」(繊細さ、レスポンスを追求するあまり、ちょっと強く弾くと音がつぶれてしまう感じがする)ギターになっていました。

 人それぞれプレイスタイルは違うので、そんなSomogyiがちょうどよいという方もおられると思います。自分の場合はその頃(2004年ぐらいかな。自分が買った最後のSomogyiが2004年製でした)でSomogyiからは卒業したという気持ちでいます。

Somogyi OO Cutaway (2001)

 拙い文章をお読みいただき、誠に有難うございます。皆様の感想、ご意見をお聞かせください。
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