誰がためのカバーなのか
昨日の記事の中でカバーについてちょっとだけ言及した部分がありました。
(抜粋するとこんな感じ)
抜粋した部分は昨日書いた主題とはちょっと違う脇道の話なんですが、今日はそこから派生して思い出した話があるので書いてみようと思います。
「誰がためにカバーをするのか」というような話なんですが、そもそもカバーをする理由っていろいろあると思うんですが基本的には「発信・宣伝」という部分の比重が大きいでしょう。
自分の活動に結びつけるための宣伝ツールとしてYouTubeなりTikTokなりのメディアにカバー動画を投稿するためだったり、ストリートライブでお客さんに足を止めてもらうために有名曲を歌ったり。
その次に「選曲」という段階があるんですが、基本的には自分が好きなアーティスト(曲)だったり歌ってて(演奏してて)気持ち良いとか自分と手が合うみたいな曲を選ぶと思います。
前者は原曲に対するリスペクトや愛みたいな話で、後者はそれもありつつですがミュージシャンとしての自分のポテンシャルが活きるのはどういう曲かというベクトルかと思います。
あとは特に原曲へのリスペクトや思い入れはないんだけども単純にバズってる曲だから(ウケがいいから)そこに乗っかってカバーするという理由もありそうです(別に全然悪いことじゃないと思います)。
※ちなみに僕がやってるバンドでもカバー曲多数アップしてますのでお好きな曲があったらぜひ聴いてみてください
https://www.youtube.com/playlist?list=PLHywpFJyabzyVPzugMQLPA5Es9B_mHsLt
そんなカバーという存在ですが、過去にとても印象的だったカバー曲があります。
僕はPE'Zというバンドの大ファンだったんですが(2015年に解散しちゃいました)、そのPE'Zが2003年にシングルとしてカバー曲を発売したんですね。
(もう20年前か…と個人的に驚いています)
ゴリゴリのファンで当時まだサブスクなんかもなくCDをバリバリ買う全盛の時代ですから当然そのニューシングルも買う気満々でリリース情報をチェックしたりするわけですが、そのシングルのタイトルを見て三度見くらいしました。
『大地讃頌』
ご存知の方も多いでしょうか。
学校の音楽の授業の合唱曲の定番です。
例に漏れず僕も中学校の時にけっこう歌った記憶があります。
(もしかしたら高校の時も歌ったかも)
その曲をPE'Zがカバーしてシングルで出すっていうんだからなかなにセンセーショナルでした。
まずPE'ZというバンドはTp,Sax,Piano,Bass,Drumsという編成のジャズインストゥルメンタルバンドです。
そのジャズインストバンドが混声合唱曲である大地讃頌をカバーするというギャップと、シングルとしてリリースするカバー曲としてはあまりウケもよくなさそうです。
別に大地讃頌という曲がどうこうという話じゃなくてマッチアップの話といいますか、ジャズのスタンダードやルパンとか情熱大陸とか(例えばね)そういう「これぞ!」みたいな感じでもなければ、既存のJ-POPの大ヒット曲や洋楽のスタンダードを狙いにいくでもなく、学校の混声合唱曲の定番である大地讃頌を持ってきた意図が最初はよく分からなくて。
あとあとインタビューなんかを読んだらPE'Zのメンバー各々が中学の頃の合唱コンクールでこの曲と出会っていて、とても感銘を受けている曲だからいずれはカバーしたいよねって話はこのリリースがあるずいぶん前から盛り上がっていたようです。
なので本当に純度100%でただただその曲への思い入れ、愛、リスペクトが深いが故のカバーということになります。
そして肝心の中身なんですが、これがまた最高だったりする。
ファンバイアス、色眼鏡が一ミリも入っていないかと言われると確かに否定はできませんが、カバーとして実に巧妙で原曲の良さも引き立てつつしっかり自分たちのカラーも押し出している「良カバー」だと当時もリアルタイムで思いました。
しかしその2~3ヶ月後に突如、そのCDは出荷停止になります。
原因は大地讃頌の作曲・編曲者である佐藤眞さんが「このカバーは原曲を著しく破壊していて著作権を完全に侵害している!」みたいな訴訟を起こす動きを見せたことに端を発しています。
その当時はもう携帯でYahooニュースを見たりするのが日常だったので、トピックでその話が飛び込んできてこれまた三度見した記憶があります。
(PE'Zを知らない人からしたら当時は全然記憶にないニュースかと思いますが)
例えばメロディ盗作疑惑や歌詞引用疑惑でアーティスト・クリエイター同士が訴訟問題に発展するっていう事例はちょこちょこあると思うんですが、カバーに対して「こんなのカバーじゃないからCDを出荷停止にしてください」みたいな訴えが作曲者から出るのはそこそこ異例だったと思います。
というのも、大地讃頌という曲は皆さんご存知JASRACに登録されている曲で、著作権はJASRACが管理していてPE'Z(というより当時のレコード会社である東芝EMI)はしっかりそこに使用料を払ってリリースをしているので、カバーとしてはごくごく正当な手続きを踏んでいるわけです。
で、先ほども言いましたがそんな「原曲を完全に破壊しているから売るな」みたいなことを言われるほどか…と言われると完全にカバーの範疇だと思うんですが(まあそこは個人差あると思うのであまり押し付けがましくはなりたくありませんが)、作曲者の方からそういう訴えが起こったのは事実。
当時ファンとしては「そんなこと言い出したらもっと酷い(原曲とかけ離れているという意味で)カバーなんて世の中山ほどあるぞ」って正直思ったりもしましたし、東芝EMI側も「なんでやねん!どこが原曲を破壊してるねん!立派なカバーやないかい!」って感じで佐藤さんと争う姿勢を示していました。
しかしこの話は一瞬で鎮火します。
PE'Zが、すんなりと出荷停止ならびに今後一切ライブでも演奏しないっていうことを受け入れたんです。
それはただただ一点。
「自分たちが敬愛する曲の生みの親である作曲家を不快な思いにさせたのならば」という理由。
なので結局は裁判の一歩手前でこの話は収束したんですが多少のしこりみたいなものは外野では残った部分もあって、これはカバーの範疇か原曲を完全に壊しているかっていう境界線なんてのは本当に曖昧だし人それぞれだし、歌詞とメロディは一緒だけどサウンド面もリズムも全然違うっていう部分も含めてカバーの醍醐味だと思います。
(PolysicsがカバーしてるスピッツのチェリーとかPolysics節が全開で笑っちゃうよ)
この件はPE'Z側の「尊敬する作曲家に不快な思いをさせた」という気持ちを東芝EMIも汲んで抗戦には発展させずに速やかに和解したんですが、ここは共にPE'Zファンをやっていた当時のバンドメンバーともけっこう議論になった部分で「作曲家さんもそれくらい許してやってくれよ」みたいな感情論的な部分もあれば(20歳とかですからね)、やっぱり畑の違いも大きいのかな?という話もあって。
大地讃頌を作曲された佐藤さんはゴリゴリのクラシック畑の作曲家で、片やPE'Zはジャズバンド(当時は侍ジャズとか呼ばれてました)。
頭からお尻まで楽譜通りしっかり演奏することが風習であるクラシックと、テーマはしっかり抑えたうえで合間に独自のアドリブ的要素を盛り込んだりして原曲との差異を多少施すジャズという価値観の違いの中で「原曲を破壊している」という感覚のギャップは少なからずあったのかなぁと。
そんなようなことを夜な夜な当時のメンバーとメールで語らい合った記憶がありますが、結局は「まあPE'Zがそういってるんだし俺たちファンもごちゃごちゃ考えるのはやめようか」ということで落ち着きましたが。
冒頭に抜粋した昨日の記事の部分を書いてて、そういえば昔そんなことがあったな…とふと思い出したので今日はそこを掘り下げて書いてみました。
インストゥルメンタルという点もひとつ伝わり辛かったのかもしれませんね。
歌があれば歌と間奏の区別がハッキリとつきますけど、インストの場合は結局は歌部分も間奏部分もメロディのみなので、歌モノをインストで弾いてるとちょっと分かりづらいんですよ。
間奏としてのメロディも「原曲にはない別のメロディを付け加えている」と思われかねませんし。
冒頭の話と関連付けてみますが、バズるとか自分たちに合うとかそういう気持ちは一切なくただただ純度100%の原曲愛だけでカバーした結果、出荷停止という結末を迎えるなんとも皮肉なお話。
僕は幸い発売日に入手しているので今でも合法的にPE'Zの大地讃頌は堪能できるので、この記事を機に久しぶりに聴いてみようと思います。
変わらず最高のカバーだなと思いながら聴くんだと思います。
(くれぐれも作曲家の方の意志を否定しているわけではありませんのであしからず)
以上です。
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