これくらいがちょうどいい
昨日は昼に大阪でお世話になっていた方がエンネに来て下さった。しばらくインスタでの繋がりだけだったので、嬉しかった。関西弁が身に染みる…
昨日の通勤の影響あって疲労感MAXだったのだが、少し和らいだ気がした。
今年初ビエン。夏の味がした。
昨年の夏頃は森井や西應とよく通った近くのインドカレー屋さん。お昼は750円〜 ナンが食べ放題である。
以前西應ときた時はナンを3枚注文してお互いに平らげていた。(いや、西應なんでおれと同じ枚数食べてんねん…)今日も快調に1枚目をこなし、2枚目に入る。
3枚目行くか否か。2枚目を食べたときにはすでに答えは決まっていた。
(珍しく2枚で終了)
店に戻ってからエンネ入口横の模様替え。
いつもここのブースはエンネスポーツマッサージ治療院ネコ部・部長の中野さんが変えて下さっており、それぞれ季節毎に変わるネコ達に季節の節目を感じていた。
西幹のセンスはどうかな?
「横風区間でアタックを観戦するネコ達」
ベルギーで見た、ロードレースを観戦しながらトラピストビールを味わう。そんな当たり前のような当たり前で無いベルギーでの日常の景色を思い描いてみた。
昼過ぎには先週の肩脱臼のおばあちゃん。
「良くなる気がして毎日良くなる良くなるーって思ってます!!」
もうきゅんきゅんである。
「そんなんハードル上がりますわ😅」と言いつつも、左右共に肩の動きが良くなっていた。
普通、悪いところがあれば、悪いところを治したくなる。
それは確かにそうなのだが、例えば片麻痺の患者に関しては発症直後は機能回復に努め患側に対するアプローチの割合も多いが、ある程度プラトー期に入ると、「これ以上治らない」ので健側へのアプローチが多くなる。
それは、「使えるところをもっと使えるようになる」という考え方だ。
自分が学生時代、1番最初にぶち当たった壁であった。
これはつまり「諦める」ということ他ならず、この上ない戸惑いを感じていたものだった。
しかし、右利きの人が右手を失ったらどうだろう。左手を使わざるを得なくなる。入院日数は決まっており、退院後はまた日常生活に戻る。
左手を使うしかないのだ。
このお客様も、左が主訴だが、右の可動域の方がまだよい。ならば、右手をもっと使えるようにして、左手は少しずつ治していく。何より、衣服の着脱が困難であるということが何よりもこの方の悩みだったからだ。
もっと攻めたいが、あえての60分。右肩の可動域は大幅にアップした。
色々考えながらのジム。
あれもしたい、これもしたい、もっともっとしたい〜
やりたい事は山積みだ
おばあちゃんのお孫さんは32歳でおれと同い年だそうだ。自分のおばあちゃんのことを思い出す。
早く来週ならんかな…
というか、帰ってからもカレーだった事、今書いてて初めて気がついた件…
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