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第40話後書き 梅と狐と模しつ模されつ

マンションの敷地内に植えられた梅の木が、きれいなピンク色の花を咲かせました。

去年はこの梅の木に、ちゃんと実がなって、いちど
「あ、実だ」
と気がつくと今まで見えなかった梅の実が葉の隙間から次から次に、ほわんと浮かび上がってきました。
葉に同化して隠れているような、そのツヤのない梅の実を、触ってみたいと思うけど、手を伸ばしてもいいものか、伸ばしても届かないかもしれない。届かないところを誰かに見られたらいやだしな。
とか考えながら眺めていると
「たくさんなってるわね」
と同じマンションの住人と思しきおばあちゃんがいつの間にか隣にいて、言いました。
「青梅ですね」
と返しながら、この梅も梅干しにできるんだろうか?と想像しました。
自分で漬けたことはないけど、一時期梅干しにめちゃくちゃハマって、梅干しがいっぱい入った大きな瓶があればいいのに、と、食べても食べても減らない梅干しを夢想したものです。
(そして、なるほどこうやって人は自家製の梅干しを漬け始めるんだな、と思いましたがその熱意を昇華させる前に梅干しブームが終わってしまい、そのままです)
「きれいになってるけどね」
と言って、おばあちゃんは梅を見つめていました。
おばあちゃんも同じように考えて、同じように「でもま、マンションの梅だしな」と思いながら目が離せなかったのでしょうか。
2人して、葡萄を眺める狐みたいに。
なんだったらおばあちゃんは、私の想像できない梅干しを漬ける手順までハッキリと脳内に描いていたかもしれません。
もっとも、おばあちゃんも私もきっと、本気でマンションの梅をどうこうしようと思ったわけではなく、梅の実を、触りたくて、でも届かない高さにあったものだから、なんだか想像が膨らんでしまっただけのことです。
その後、梅の実はどうなったかというと、木に繋がったまま黄色くなって、やがて地面に落ち、管理人さんがきれいに片付けて、なんでもなかったようになりました。

と、いうエピソードを、その可愛らしい梅の花を見るたびに思い出します。
今年も実がなるといいな、と思います。

さてあとがきに入りましょう!

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