9/7(土)涙が出るのは月のせい

昔、とある集まりで女性がひとりさめざめと泣き出した。

話を聞くと、介護や家族のことで大変らしかった。
でもその人は「月のせいね」と言いながらずっと泣いていた。月のせいというのはたぶん満月とか新月のことだ。笑顔を作ろうとしても涙が溢れてきていた。

でもその人にとって介護や家族のことは涙の理由にならないらしかった。
周りの人はやんわりと月のせいではないよと伝えていたが、本人は月のせいだと言って聞かなかった。 

沈黙。

見ず知らずの人たちの集まりだったからそれ以上深追いもできなかった。
誰も言葉を挟まなかった。いや、挟めなかった。
でもそこに流れる空気には、その人の苦しみを共有しようという優しさや気遣いがたしかにあったような気がする。
沈黙にもいろんな種類があるのだ。

髪の毛がくるくるとしていて優しそうな人だった。


私は時々真剣に自分の幸せを願う。
すると、自分を救えるのは自分しかいないことに気づいてしまう。自分を本当に抱きしめられるのは自分なのだ。
昔、私も誰かに抱きしめてほしいくらい辛い夜があった。でも今はそのときと同等の夜があっても私は自分の幸せを願う術を知っている。
それで多少なりとも、少なくとも救われる瞬間がある。


その女性とはそれきり何年も会っていない。
名前も覚えていない。
今の今まで思い出さなかった。
なぜか今日その人のことを思い出した。
つーと涙が出てきて、溢れたからだ。
どこからか記憶が引っ張り出され、私も月のせいにしたくなった。
ずいぶん長い時を経て、その人の気持ちに触れたような気がした。

今、私はその人が今は幸せであればいいと願う。

今日は新月なんだろうか、満月なんだろうか。
虫は鳴いているけど空には雲がかかっていて分からない。









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