緋色の月が浮かぶまで(7)
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日が落ち始め赤い光が石段を照らす。長い石段をゆっくりと踏みしめながら登る。
「赤いのぉ」
言葉を紡ぐが特に意味はない。率直な感想じゃ。
境内が見えてくる。儚き赤が時期に夜色に変わって行く。
緋月は賽銭箱の前の段に座り十と犬を撫でている。我に気付いたのか少し微笑んだ後、再び二匹を撫でる。
「帰ったぞ!」
声をあげ、我は手水舎の方へ向かう。雷蔵がそこにいたからじゃ。
雷蔵も我に気付き首を傾げる。
「む? 緋月様の傍にいかぬのか?」
「今日は客がおるから、ほれ」
我の後から太花と彩花が上がってくる。それを見た緋月が十を抱えて立ちあがり境内の中央に歩んだ。
彩花が駆けようとするがそれを太花が止め、手水舎に連れる。
「清めが先だ」
「兄上~」
「ふっやはり姉妹よのぉ。緋月は待ってくれておる。ゆっくりせい」
待っておる。それも笑顔での。
二人が身を浄めた後に我もそれに続き、雷蔵と共に事を見守る。
「兄上も彩花もお久しゅうございます」
「れ……緋月……本当に久しぶりだな」
「姉上、姉上!」
「はい、姉上はここですよ~」
緋月が十を降ろすと彩花を撫でる。幸せそうじゃ。いつまでも眺めて奥のも良いが邪魔になるやも知れぬから雷蔵に話を振る。
「楽しそうじゃな」
「うむ」
「しかし、雷蔵も人が悪い。儀式の継続の事も、緋月の家族の事も全て知っておったのだろう」
「無論だ、言った方がよかったか?」
言ったところでだからなんじゃと思う話題ではあるがの。
「緋月様がな、里に行くようになったのはここ数年の事だ」
む、急に真面目な顔をしよったわ。おとなしく聞くかの。
「十五になるまでは罪請けの儀を続けると申していてな。修行で、里に降りる事も無く、ただひたすらに使命を果たそうとしていた」
「何事があってああなった? どうも我にはおぬしの言う通りの事をしていたようには見えぬが」
「ある日な、普段は私に声などかけぬ緋月様が言うたのだ。友達が出来たと」
「友、かえ?」
訊ねはするが一人心当たりがある。恐らくあの石積の下の妖のことなのじゃろう。雷蔵の様子を見るに詳しくは話しておらぬようじゃが。
「その友と会って考え方が変わったようでな。罪請けの儀を最後にするとお決めになられた。勿体無い事をしたと申していたな」
「もっと早くに決めて生を謳歌したかったということじゃな」
「うむ、そっちに座れ」
雷蔵に促され手水舎近くにあった岩に腰を降ろす。雷蔵の奴は立ったまま、桜の木にもたれかかっておる。
「昔の緋月様は使命以外に無関心でな、その友人に会うまでは口数も少なかった。人格に影響を与えるほどに、その友人とやらとの出会いは刺激的だったのだろう」
「ふむ、今のあののんびり穏やかな緋月からは想像できぬがのぉ」
「……一つ、教えておこう。緋月の巫女には相手の過去を見る力がある。だからお前が何者で何の罪を犯したのか、それを緋月様は理解しておる。それでもお前と一緒にいる事を選んでいるんだ。幸せに思うと良い」
そんな力が……ああ、もしやあの時……我を金色の瞳で見つめたあの時に、全て見透かされてしまっていたのかえ?
わからぬが、そんな気がする。
「雷蔵~! 次郎~! 遊ぼう~!」
聞こえてきた緋月ののんびりとした声に我等は二人して気が抜けた。
辺りはもう暗いのじゃが……遊ぶのかえ?
「双六双六~」
「何でまた双六なんじゃ?」
「兄上も彩花もいて、童心ってものを知りたくなったの」
「戻りたくなったじゃなく知りたくなったか、緋月らしいの」
「緋月様、私は夕食の仕度がありますうえ……次郎、頼むぞ」
「う、うむ」
去って行く雷蔵。去り際に「双六、息子とやったな」などと呟いておるのが聞こえた。
おまえさん、息子、いたのかえ……?
続く