敏感すぎる子どもは親に言わない

いじめられている子どもが、どうして誰にも話さず苦しむのか……

理由は様々あるでしょう。

学校の先生に話したら、チクったと言われてもっといじめられるから。
友だちに相談したらきっと困ってしまうと思うから。
もしかしたら、仲良くしている友だちまでいじめられてしまうかもしれないから。

でもいちばんは
お父さん、お母さんを悲しませたくないから。

もし、いじめられてることを話したらお母さんはどんな気持ちになるのか、お父さんはどんな気持ちになるのか、想像する。
仮にお母さんが味方してくれたとしても、自分の子どもがそんな目に遭っていることを悲しく思うだろう。
きっとそう。それなら言わないでおこう。

敏感な子どもは心の奥底に、こういう気持ちがあるのではないかと、私は思っています。

それでは実体験を、どうぞ!

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小学校3年生のときでした。
いつも仲良くしている2人の友だちを見ていたら、
急に、わたしがいないほうが2人は楽しいのかもしれないという気持ちになりました。
特別な理由はなかったけど、なんとなくそう感じました。

だから、
「これからは2人で遊んでください。そのほうがきっと楽しいと思います。」
2人で読んでねと、手紙を書いて渡しました。

わたしたちはそのとき「親友」で、
グループをつくるとき必ず一緒で、音楽の授業で合奏するときは同じ楽器にしたし、お昼の休み時間はチャイムと同時に校庭をダッシュしてブランコをとって順番に2人乗りしたし、学校でおかしを食べるなんて悪いこともしていました。

3人でトイレに入って、だがし屋さんで買ったおかしを順番こに持ってくるのです。あめとかチョコとかラムネとかなるべく音がしないものを選びます。
お母さんに見つからないように持ってくるのも、先生に見つからないようにこっそり食べるのも、ドキドキしたけど楽しかったです。
学校のトイレは、ドアの外からちょっと屈むと足が見えてしまうから、便器の上に2人が乗っかって、こそこそ、スリルを味わいました。

そうやって、いつもいつも一緒にいたのに、ある日、急に、なんだか2人がいつもより楽しそうに見えました。
わたしがいないから楽しいのかもしれないな…。

それで、手紙を書いたのです。
きっとわたしはいないほうがいい。
2人が楽しいなら、わたしは「親友」じゃなくてもいいと思いました。
ひとりぼっちになって、階段で泣いてしまいました。

友だち2人は、わたしの手紙にびっくりして、
なんでそんなこと言うの?これからも3人で遊ぼうよ!と言いにきてくれました。

いいの?わたしも一緒にいていいの?

なんで一緒に遊ばないほうがいいの?

それからは、今までどおり「親友」に戻って、なんでも一緒にしました。
帰りの会で歌う「3年3組のうた」を作ったり、学校は楽しかったです。

でも、なんだか私がいないほうがいいと思ったんだ。
なんてことは誰にも話しませんでした。

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小学校4年生のときのことです。
国語の時間、教科書を段落読みしていたわたしは、主人公になりきって心をこめて読みました。将来の夢は舞台女優だったし、国語と道徳の教科書を読むのが大好きでした。

わたしよりも年下のお友だちに、図書室で絵本を読んだり、妹に紙芝居を見せたりするのも得意でした。

まだ音読の途中なのに、「はい、いいです」と、先生に止められてしまいました。そして黒板に大きく波線を書いて、立ったままのわたしにこう言ったのです。
「あなたの読みかたはこの波線のようです。こういう読みかたは大げさなのでやめましょう。」
クラスのみんなに笑われたけど、そんなことよりも、わたしの読み方はおかしいんだと思って悲しかったです。

そうじの時間も、同じ班のみんなで、ほうきにまたがって魔法使いごっこをしていたら先生に見つかってしまって、わたしだけ怒られました。
こういうときは班長が注意されるはずなのに。
わたしは班長じゃないし、みんなも同じことしてたのに。
なんでだろう。

先生は、わたしのことが嫌いなんだと思う…

国語の時間に注意されたのを思い出してしまって、音読が嫌いになりました。読もうとすると声がふるえてしまうから、段落読みじゃなくて、丸読みのほうがいいです。
それと、なるべく嫌われないように先生の様子を気をつけて見るようにしました。休み時間、オルガンを弾きたかったけれど、先生が教室にいるときは弾かないで友だちが弾いてるのを見ていました。
せっかくの休み時間なのに、教室に先生がいるとぜんぜん楽しくなかったです。

大好きな本読みを注意されて悲しかったことは、お母さんに言えませんでした。
私がおかしいみたいだから、そんなことを話したらお母さんも悲しくなっちゃうかもしれないもん。

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小学校5年生になりました。

5年生と6年生は、担任の先生が同じでした。

転校生が来て、すぐに仲良くなったので一緒に過ごすことが多かったのですが、その子は運動会で花笠音頭を踊るときだけ見学していました。なんでだろうと思いましたが、先生は教えてくれませんでした。

林間学校で、お風呂に入る準備をしているとき、その子は着替えの上に何か名札みたいなものを置いていました。何かの宗教に入っているのがわたしの知識でも分かりました。
それがクラスじゅうに広まって、ボスみたいな強い女子と男子が、その子をいじめるようになってしまいました。
「しゅーきょー近寄んなよ!」とか「気持ち悪いな」とか、大きな声でひどいことばかり言うので、先生に話すことにしました。
でもみんなに気づかれないように、連絡帳に書いて伝えました。誰かがいじめられているのを見たら先生に教えることになっていたから、助けてくれるはずです。

次の日、連絡帳が返ってきて、すぐに先生からの返事を見ました。
「先生はいじめられているのを見たことはありません。気にしすぎです。」と書いてありました。

先生は助けてくれない。

わたしは、ひどいことを言う男子には言い返しました。そうしたら、サッカークラブの男子に蹴られました。わたしも蹴り返しました。「んだよ!てめえ。お前もしゅーきょーの仲間かよ!」「ぶっ殺すぞ!」と言われて、もっと強く蹴られました。「生意気なんだよ!死ね!」と言われて怖かった。蹴られてものすごく痛かったけど我慢しました。
周りにいた女子は、男子の味方をしました。そうしないと、いじめられるかもしれないから仕方ないんです。
先生に言っても助けてくれないだろうから何も言いませんでした。

社会の時間にディベートというのをしました。わたしはたくさん意見を言いました。どんどん考えが浮かんでくるから、いっぱい言いたいことがあったのです。
ある日、またディベートをする時間がありました。前と同じように、いろんな意見を出しました。相手のグループと意見のぶつかり合いみたいになったのですが、そのとき先生に「うるさい!おまえは少し黙ってろ!」と言われてしまいました。女の先生だったけれど、怖い言い方でびっくりしました。

目立ちたがり屋とか、でしゃばりとか、よく言われました。でも、目立ちたいと思って発言していません。
どうして、わたしはみんなに嫌われるんだろう

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5年生になってから、交流学級というのがあって、いつもはなかよし学級という別の部屋で勉強している子も一緒に授業をうけました。全然おしゃべりしないお姉さんとか、上手に話せなかったり重い病気だったり、勉強が苦手な子たちです。わたしは、なかよし学級に遊びに行っていました。みんな優しくて楽しかったのでお友だちになって、放課後遊んだり、一緒に帰ったりしました。
だけど、わたしの友だちのなかには「ちえおくれっていうんだって。わたしたちとちがうんだって。」「一緒に遊ぶのやだな」「早く帰っちゃおうよ」と言う子が何人もいました。ちえおくれって何だろう。
別の教室にいるみんなは、わたしと何かが違うと思っていたけれど、仲間はずれにしようと思ったことはありません。なかよし学級のお姉さんと帰ったとき、お姉さんのお母さんが「いつもありがとう。これからも仲良くしてあげてね」と言ったので不思議な気持ちになりました。仲良しなのにな。

よくわからないのですが、なかよし学級の子と遊んでいると「先生に気に入られようとしてるだけでしょ」とか「いい子のふりするなよ」とか言われました。なんで友だちと遊んでいると先生に気に入られるのでしょうか。

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そんな小学校生活をおくっていました。
嫌な思いをしたことを挙げるときりがないので、この辺にしておきますが、
どの出来事も、家で話したことはありません。
このことをお母さんに言ったら、お母さんがかわいそうだ。きっと悲しくなっちゃう。わたしが悪いから嫌なことをされたのかもしれないし。

お母さんの子どもがこういう子どもでごめんなさい。

などと思っていました。
自分が悲しかったり嫌な思いをしたことは、どうやって解消していたのか、甚だ疑問です。どうしていたのかは何も覚えていません。
いまの私が同じ状況にあったら、正直なところ生きているかわかりません。
つらすぎます。
だけど、やっぱり生きているのしんどいなと思っても、お母さんを悲しませることはしてはいけないと思うのです。

人を悲しませることは、私が一番したくないこと。
そう思うから、そうしないようにまた
敏感になっていく

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テストは100点取らないと褒めてもらえない家で育ちました。
自分がされて嫌なことをほかの人にしてはいけない、人に迷惑をかけてはいけない、と教わる家で育ちました。
会社勤めのお父さん、専業主婦のお母さん、5才違う妹の4人暮らしで、これといって特殊な家庭ではありません。

でも、こういう子どもに育ちました。

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幼稚園から中学校3年生まで、ほとんど変わらない顔ぶれと生きていましたが、この窮屈な世界から早く抜け出したいと思うようになりました。

先生の髪に糊をつけたり、ベランダで花火をしたり、天井に穴あけて音量が大きい笑い声をあげている人たち。
相変わらず、目立ちたがり屋でいい子ぶってムカつくと言われて私はいじめられる。
こんなに馬鹿で低レベルな人たちと一緒に過ごすのはもう耐えられない。
高校は彼らが行かない……行けないところにしようと決めました。

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つづく→→