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Day 7:騒

舞、という名前は彼女の祖母がつけた。

「キャラがないのよ、キャラが!」

目の前には、キャラが!とさけぶ、小太りの中年女性がいる。

舞の祖母は、年中踊っていた。夏は、もちろん盆踊りのために踊る。他の季節は踊りの練習のために踊る。その姿を、舞は見ていた。何がそんなに面白いのだろう。

「舞も踊れ、あんたは舞ちゅう名前なんやから。」

舞のキャラクターの設定で、「下手な関西弁を話す」というものがある。それは私が関西弁をよく知らないからである。それに、舞の祖母が話す訛りもよくわからない。まあ、雰囲気だけでも訛らせればふるさと感はでる。

故郷には、ゲームも本もなかった。だから、誘われると舞も踊った。

「こうして、手ェあげてな、足踏んでな。そうそう、これだけや。これを何度も繰り返すんや。」

手を頭の上にあげて、足を踏む。一歩踏んで、手の位置を頭上で入れ替える。その繰り返し。

「え、それだけ?」

「それだけや。」

その時の、踊りの意味は、幼い頃に聞いた子守唄のようなものだ。意味はあるのはわかるが、その意味は自分にはわからない。それに、祖母は一年中熱中していた。

両親の都合で、舞は東京に移る。幼い頃の、祖母の記憶は薄い。

「あんたは、キャラが薄いの! わかる? 最近の『ちょこべ』とか見てるとわかるけど、芸人はキャラで仕事がくるの。」

この、回想にちょこちょこ割り込んでくるのは、舞のマネージャーである。メガネをつけて、おかっぱ頭である。豹柄のシャツにはち切れそうな体を包んでいる。

「すんまへん。でも、アタシ、このジャージやめるつもりないで。」

舞は、自分の黄色いジャージの胸元をつまむ。

「ジャージの問題じゃねえ! 今の時代に一人漫才なんてウケると思うか?芸風の問題だよ。」

「すんまへん。」

「キャラ作るんだったら、コンビの方がやりやすいだろうが。」

「すんまへん。」

マネージャーは、広角泡を飛ばしながら、楽屋の弁当をかき込む。かき込んでもまだ舞が何も言わないので、缶コーヒーのプルタブを開けて、一気に飲む。この間、3秒ほどである。

テーブルには、「キチモト芸人大集合!」と題したチラシが置いてある。わらわらと新人芸人が、「キチモト」という名の下に集まっている。タイトルが、「キチモト芸人大集合!」としか付けようがないのは、その名の下に集まる彼らの名前を聞いても、人々は何も感じないからである。

その中に、黄色いジャージを着た茶髪の女が、大口を開けて、瞳孔をかっ開いてこちらに笑いかけている。いつの間にか撮られた、宣材写真。芸人の宣材写真は、美しさよりも、ひょうきんさが求められている。ひたすら、撮影の際には「笑ってー」と言われた。カメラマンが謎の哲学を持っていて、「笑ってー、笑ってー、顎外れるぐらいまで笑ってー」とひたすら叫んでいた。

チラシの上の舞に、売れ残ったチケットが叩きつけられる。

「いいから、これ売ってこい!」マネージャーはまた話し始める。

舞は、また回想を始める。

地方から、東京に移った舞は普通の女子として過ごす。その間には、特に記すべきことはない。ただ、面白いことは何度か起こった。

高校二年生の、修学旅行は「四国一周」だった。

「はあ? 四国? 聞いてへんで!」

先生は黒板にドヤ顔で、「四国一周」と書いた。舞は席を立ち上がって、怒鳴る。その姿に、笑う生徒が数人。男子はちゃんと笑っているが、女子は嘲笑が七割である。その頃から、舞のエセ関西弁は板についていた。ネイティブと話さないから、いつまでもエセである。外国に行ったことがない明治時代の日本人が話していた英語のようなものかもしれない。

「そう、四国、楽しいぞ。」

「なんで? 修学旅行って言ったら普通、沖縄とか、京都とかやん。世間のことなんも知らへん高校生が、世界遺産レベルのすごいものに触れられる一世一代のチャンスやん。四国に何があんねん。」

「いや、四国には何かあるはずだ。」

先生は言う。なぜか確固たる自信がそこに含まれている。

「せんせーい。」

別の女子が手を上げる。

「さっき、ウィキペディアを見たら四国だけ世界遺産がありませんでした!」

教室に、はあーとため息と、笑いが広がる。「俺の高校時代のイベントが終わったー」と誰かが言う。「何もない四国」と呟く声も聞こえる。

「四国をバカにするなぁあああああああ!」

ドカンと、先生がいきなり教卓を叩く。

「いいか、お前ら。世界遺産とか目に見えるものばかり求めてんじゃねえ。四国にはいっぱいいいものがある。いや、俺たちが知らない何かが必ずある。」

教室が静まり返る。舞も、席に戻って静かに座る。

「この修学旅行プログラムは、学年担当の先生みんなで決めたんだ。お前らに、一生の思い出になる思い出を味わってもらいたいんだ。決定に不満があるのはわかる。……でも、先生のことは嫌いになっても、四国のことは嫌いにならないでくれ。」

先生は頭を下げて、そう言った。

そして、舞たちは理由がよくわからないまま、四国を一周回ることになった。

ちなみにこれは、舞がお笑い芸人を目指そうと思った理由には一切関係がない。その頃には、もう、お笑い芸人を目指そうとしていたから。

重要なのは、舞が道端で「世界を変えたい奴募集」というチラシを拾ってなぜ、三猿の事務所に向かおうと思ったか。その動機である。

再び、時は飛ぶ。

マネージャーにしごかれた舞は、チラシと売れ残ったチケットを持ってぶらぶらと歩いていた。

「いいから、お店に頼んで貼ってもらえ。店だけじゃなくて、公民館もコンビニでも、電柱でも、ポストでも、壁でも貼ってこい。」

「ラジャ!」

舞は何も考えずに、楽屋から出られることを嬉しく思った。

事務所がある駅から電車に乗って、雑多なものたちが集まる東京の中心部に向かう。

東京の空は、晴れていた。晴れているのに、暗かった。高いコンクリートのビルが空を遮るからだ。人はわらわらと集まっては、笑い合い、話し合う。体を寄せ合っているようで、一体感がない。スマホを見るもの、コスプレするもの、ポケットに手を入れて、タバコを吸うもの。

その一体感がない中でなら、自分は居場所を許されているような気がした。その中で、黄色いジャージを着て、ところ構わずチラシを貼り続ける自分がいてもいいような気がした。むしろ、そんな自分を許せる場所はここにしかない。

電柱にセロハンテープでチラシを貼り付けようとすると、その手が掴まれた。

「ちょっと。」

青い制服の、お巡りさんだった。二人組で、舞を取り囲んでいる。

「へへへ……」

舞は、笑いながら、掴まれていない手でチラシを背中に隠す。

「電柱にはチラシを貼ってはいけません。」

お巡りさんはパンパンと叩いて、電柱に残っている舞の貼りかけのチラシをこれみよがしに叩く。

「すんません。」

チラシやら、チケットやら、いろいろなものを持った手でチラシを剥がす。剥がすとお巡りさんは手を解いてくれた。

「それはなんですか。」

「チケットですわ。」

しつこいな……と思いつつも、舞は抵抗せずに答える。

「販売所はどこですか。」
もう一人のお巡りさんは言う。

「は? 販売所?」

「ものを売るにはちゃんと許可取らないと。」

「へええ? 売ってへんで、というか全然売れへんで? 持ってただけみたいなもんや!」

お巡りさんは二人で小声で相談する。舞はその間、チケットをカバンにしまう。

「持ってただけならいいです。しかし、売るならばちゃんと販売所を通して売ってください。」

「はい。」

それだけを言うと、二人は「じゃあ最後に、名前と連絡先聞いてもいいですか。」と言われた。

「津込舞です。連絡先は……」




「舞ちゃんって、おばあちゃんちが四国なんだっけ。」

「そうや、徳島や。」

四国行きのバスで、隣に座った田中さんが言う。学級委員長である。ちなみに、舞は副委員長である。男子もクラスにいるのだが、なぜか女子二人がまとめ役になっている。舞は、単に目立ちたいだけなのだが、田中さんは真面目にクラスのことを考えている。修学旅行のしおりのバインダーを、絶対にカバンにしまわないで手に持ち続けている。

修学旅行が、四国一周と決まったことを両親に言うと一瞬、津込家が騒然とした。

「おい、ばあちゃん。舞が徳島にくんで! しかも、踊りの日に!」

父は実家に電話をかけた。母は、「盆の日に修学旅行って、ちょっと非常識や」と言ったが「まあ、あの学校のことやから。」と納得していた。

「舞、踊れ踊れ。おばあに、ちっさい頃ならったの覚えてるか? ほら、ほら。」

父は、夕食の手を止めて箸を置き、突然踊り出した。椅子を蹴飛ばし気味に立ち、手を頭の上に掲げる。そして、ちょこまかと足を動かす。

「女踊りわからへん。お前もやれや。」

「はあ? なんやの?」

母も、箸を置いて踊り出す。

「ちょっ、ちょっどないしたん? というかあんたら訛り話せたんなら教えてくれへん? なんで今まで標準語で話してたん? 私下手で笑われてんで!」

舞は、急変する両親の姿にパニック状態になる。

「いや、盆となると話は別や。体が、ぞめくんや! なあ、俺らも帰るか!」

父の声に頷きながら母も、踊っている。彼らの頭の中には音楽がなっているようである。

「訳わからへん。なんで、そんなに踊り好きやねん。」

「……舞。」

父は、手を止めて言う。「俺たち、踊りすぎて阿波の国から追放されたん。」

「え……。」

高校時代の舞は、突然明かされる父の設定に驚愕する。それもそのはずだ。筆者がこの場で思いついたんだから。

「……でも、この際関係あらへん。修学旅行は、舞の一世一代のイベントや。その時に、祭りを盛り上げないわけにはいかん。帰るで。」

「へ、修学旅行に乗り込む気なん? やめてや! バカ親か!」

舞は顔を赤くして、立ち上がる。夕食どころではない。

「いや、もう、こうなったらあたしらは止められんで。ぞめくもん。こんな話しとるだけで。」

母の方も、なぜか乗り気である。目が、座っている。

「もおおおおおおお!なんや、ぞめくって!」

舞は、叫ぶと、また座って白米を口に運び続けた。

続く。




最後までお読みくださりありがとうございます。書くことについて書くこと、とても楽しいので毎日続けていきたいと思います!