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Day 11:メタ・バケーション

「ああ、休みてえ〜」

気怠げなセリフは、例の如く石田がソファーの上でつぶやいたものだ。

「あんたはいつも休んでるやんけ。」

舞も例の如くスマホを見ながらツッコむ。

『休みてえ〜。』

とハルがPパッドに表示する。今日のスタイルはショートパンツにTシャツ。左右の色が違うツインテールを肩のあたりまで垂らしている。右は緑色。左は黄色である。

ボクは黙って手に持ったゲーム機をチャカチャカとならして、ひたすらに打ち込んでいる。

事務所に気が抜けた空気が流れている。舞はスマホを見るのにも飽きて、立ち上がる。

「ここのガラクタどうにかなれへんの?」

彼らがたむろしているのは、ソファーに区切られた部屋の一角に過ぎない。石田の座っているソファーの向こうにはガラクタの山が広がっている。舞は立ち上がって伸びをしながら山に近づいてみる。

鉄屑やパイプ。紙くず。電子模型。プラモデル。市松人形。だるま。巨大なたぬきの置物。サーフボード。車のハンドル。マグカップ。貝殻。ゴキブリホイホイ。ディスプレイが割れたパソコン。ブーメラン。モンキッキ。スーツケース。聖徳太子が持っている謎の棒。ガラスの破片。

「なんやこれ。」

「話を進めようとするなよ。」

ソファーから声がかかる。

「休みてぇんだよ今日は。つーか、俺に言わせんな。」

石田は筆者の休みたい気分を代弁させられていることに気が付く。まあ、しかし、一番「休みてえ」って言いそうなキャラクターではある。せっかくの休日なのに、なぜnoteに小説を投稿しなければならないのか。なぜ、毎日投稿を続けているのか。筆者自身も謎である。夕食の時間まで昼寝したい。

「だってよ、舞。あんま動き回るな。書くのが大変になるだろ。それに、この事務所のガラクタを掘ったりしたら、隠された三猿の過去のストーリーとか展開しそうになるだろ。」

「はぁ……。しゃあないな。あたしも別にこんなガラクタなんか興味ないしな。」

舞は引き返して、石田の反対のソファーに座る。

『過去は永遠に葬られたのであった。』

ハルが椅子に座ったまま無表情でPパッドにそう表示する。椅子に姿勢を正して座る姿は人間味がなく、まるで人形のようである。

反対にボクはヘッドホンをつけて、小さなゲームのディスプレイから目を上げようとしない。ボタンを押す音と、ジョイスティックを傾ける音だけが響く。石田は昼寝をし始めたのか、ソファーに横になって動かない。

舞はまた、スマートフォンに目を戻す。自分の投稿に「いいね」が一つついたらしい。「キチモト芸人大集合 vol.13」のイベントの告知の投稿だった。vol.13という数字に時間の流れを感じる。あれから自分はどう変わったのだろうか……。

せっかくの休日に休みたいと思っているのに、舞は回想を始めてしまう。

ああ、書くことが増える。しかし、動き出したキャラクターと文体を止めるのは大変である。今日もまたこんな風に始まるが、読者の方は律儀に毎日読む必要はないと思っている。作品としてどこかにこんなアホな小説があった、と置いてあればそれでいい。

「ちょっと待て、なんで回想を始めるんだ」

石田がむくりと起き上がって、セリフを挟み込む。

「何って、だって昨日からの流れで、アタシと三猿との出会いを書いてるやんか。」

舞は、閉じかけた目を開ける。

「だって今日は建国記念日だぞ? 真面目に書こうとしたらめんどくさいだろうが。」

うん。石田、いいこと言う。それに私は休日のくせに色々やることをため込んでいて、このnoteに記事を投稿する以外にもしなければならないことがある。

「いや、地文まで何いうてんねん! だったら終わらせたらええやないか!『続く』って早よ書けや!そしたらすぐ明日や。」

舞は、思わず立ち上がって下を見る。ナレーターにツッコむときは上を見て、地文にツッコむときは下を見るというのが通例になってきたようである。

……そうもいかないんですなぁ……。だって、せっかくこの記事を見てくれた人になんか失礼な気がするし。いきなり「続く。」って書いたら変だし。

「今さら、変とかどうにか気にすんのかい!」

……すいません。ていうか、あんまり本気でツッコまないでください。書くのめんどくさいですから。

と言うと舞は、「はぁああ?」と思い切り顔を歪めて奇妙な声をあげる。

「ツッコまないってアタシには無理やで、芸人なんやからしょうもないことでもツッコむで。 て言うかアタシがツッコまなかったらこの小説終わりやで。」

『カオスの扉が開く。』と、ハルのPパッドの表示が切り替わる。

「あ〜もううるさい! 黙って座ってればいいじゃねえか。そしたら事務所で依頼人を待っている描写になるだろ! 着席!」

石田は耳を塞ぎながらわめき散らす。

「知らんで!」

舞は乱暴にソファーに戻る。

「それでいい、それでいい。そして、待て。依頼人が来るのを。黙って待て。」

「はいはい。」

石田のいう通り、舞は黙ってスマホの画面に目を戻した。納得いかないのか、首を傾げて頭を掻く。

『筆者を休ませよう!』

とハルがPパッドに表示した。

ボクは相変わらずゲーム機をチャカチャカ言わせている。対戦が盛り上がっているのか、さっきよりもがっつくように背中を曲げて画面にかじりついている。

「……ちょっと待てお前ら。」

石田がまたむくりと起き上がる。

「スマホ見たり、Pパッドに文字を表示したりするのもやめとけ。ゲームも。なんか動いたらそれ書かなきゃいけなくなるから。」

「は?」舞は眉を寄せて、不満をあらわにする。

「じゃあ、何すればええの?」

「は? なにしろって……」

石田も解決策が思いつかないのか、一瞬言い淀む。

「小説なんやから、何したって書かれるで? どうすんねん。」

「チッ。いいんだよそんな小説論みたいなのは、瞑想でもしてろ瞑想でもほら。最近流行ってるだろ。座って呼吸でもしてろ。」

「なんやそれ!」

「いいから、瞑想してみろ。」

「チッ、やったらあ。どうせうまくいかんと思うけどな!」

舞はソファーの上にあぐらをかいて、目を閉じる。

ハルもそのままPパッドに『…………』と表示して動かなくなった。

ボクも仕方なくゲーム機を机に置いて、目を閉じる。

石田はドサリとソファーに横になって、何度目かの昼寝の続きを開始した。

再び事務所に沈黙が流れる。

もはやこの状況にツッコんでも、後戻りできないからか全員が徹底して瞑想していた。舞も眉毛をピクピクと動かしながらも真面目にあぐらを組んでそのまま動かなかった。

では、ここら辺で、サボらせていただきます……



























ドアを叩く音。

「おーいみんな! ドア開けて!」

ボクが目を開けて、ドアの方を見る。ハルがPパッドに『来客?』と表示する。舞は、目を開けてあぐらを崩すとドアに向かって歩く。急に立ち上がったからか、よろめきながらドアノブを掴んで開ける。

ドアを開けると、お茶の匂いと着物の鮮やかな柄が目に飛び込んできた。

「はい。差し入れ。」

「あ、光乃さん。」

舞は、こんな時に……と思ったが乱暴にツッコむわけにもいかずそのまま侵入を許してしまう。

光乃はテーブルにお盆をおくと、テキパキとお茶の準備をし始めた。急須を持って全員分の湯呑みにお茶を入れる。手慣れているのか、着物の裾を押さえる仕草と手首を傾ける仕草に無駄がない。あっという間に最後の一滴をそれぞれの湯呑みに落とすと、「どうぞ!」と茶を配り始めた。

「あ、ありがとさん。」

と舞は茶を受け取りつつも困惑する。

石田は眠っているので、ただテーブルの端に湯呑みが置かれているだけである。白い湯気のこうに、半分口を開けたサングラスの男の寝顔がある。

光乃は湯呑みの底を掌で抑えながら、綺麗にお茶をすする。舞は、飲んでいいのかどうか迷いつつ口にお茶を運ぶ。

その瞬間、判断を誤ったと気がつく。しかし、もう遅い。

舞の鼻腔をついた茶の匂いは、彼女の感覚を刺激する。柔らかい湯気にのって心地よく、上品な香りに包まれる。緑色は薄く透き通っていて、見た目も美しい。きっといいお茶なのだろう。想像がはじまると、次から次へと考えが移っていく。飲んでいるお茶がいいものであるから、この湯呑みも急須もいいものであるだろう。舞は、手の感覚が急に立ち上がってくるのに気がつく。一見作為を感じさせない形であるが、湯呑みは柔らかく手に馴染む。熱いお茶が入っているはずだが持ちやすく、飲むことに集中できる。そしてそれを入れた急須も同じテーマで……

「ああああああ!」

舞は、湯呑みを割らないようにローテーブルに置く。すぐさま天を仰いで頭を抱える。

「アタシの感覚を刺激したらアカン!」

「へ?」
光乃は湯呑みを持ったまま、突然立ち上がった舞を見上げる。

「今日は筆者を休ませる日なんや! お茶も飲んだらアカン!」

舞は、頭を抱えたままその場でぐるぐると回る。

「ちょっ、どうしたらええんや! アタシをどっか隔離せな!」

「何で?」

「主人公のアタシに何かが起こると描くことが増えるやんけ! ああ、もうこのセリフも言いとうない! 早く終わってくれ!」

「え? どうする? 石田くん何かアイデアある?」

「話を広げるなぁああ!」
舞が絶叫する。

「は? どういうこと?」
光乃が目を見開いて狼狽える。

『じっとして、書かれないようにする。』
ハルがPパッドに表示する。ハルはそれまで、手をつけていなかったお茶にやっと手をつける。
『書かれたついでに、この美味しそうな茶も飲んでやる。』

「はあ、光乃さんきちゃったしもういいか。瞑想疲れた。」
ボクが机の上のゲーム機の電源を入れ直す。

「もうこれまでか……。」
石田も起き出して、お茶に手をつける。沈黙していた三猿が一斉に茶をすすったり、ゲームをしたりし始める。

「ああ、もう無理や! そもそも書き始めた時点でサボろうとか無理なんや!」

「どういうこと? 私に説明してよ!」

舞を落ち着かせようとして、光乃も立ち上がる。

「それはな……(中略)」

「なるほど、そんなことが。私にいいアイデアがあるわ!」
光乃が手を胸の前で合わせる。何か閃いたようだ。

「ちょっと、今のでわかったん?」
舞が思わずツッコミを入れる。
「やめろ、舞。ツッコむな……。」
石田が、言う。
「いや、……だって(中略)でわかるのおかしない?」
「疲れてんだよ。俺たちが建国記念日なのに無理やり動いてるから。とうとう小説の記述に支障が出てきてんだよ。」
石田が茶を啜りながら言う。
「いいから、聞いて!」
光乃が言う。

「運動するのよ!」

「うわっ! 何やこれ!」
舞は手に持ったボールを地面に落とす。地面は、芝生になっていた。空は青い。
「急に公園になっとるやん!」
「いいから、ボール投げて!」
光乃が着物のまま手を上げる。
「何でや!」
訳もわからないままボールを拾って、光乃に投げつける。光乃はそれを受け取って、石田に投げる。
「石田くん、はやく! もう11時だから!」
「11時とか知らねえよ!」
怒鳴りつつも、石田がボクにボールを投げつける。
「もう訳わからないよ!」
ボクも叫びながら、ハルにボールを投げつける。
『おりゃあぁああ!』
ハルがPパッドに文字を表示させつつ、Pパッドでボールを打ち上げる。
高く上がったボール。
空は、星空が広がっていた。
「時間がおかしなっとる!」
「舞ちゃん、ツッコまないで! いいからボールを拾うの!」
「しらーーーん!」
舞は打ち上がったボールの下に駆け込む。バレーボールのディフェンスみたいな動きで滑り込んでボールを打ち上げる。
「とりゃ!」
わずかに浮いたボールを光乃が間一髪でさらに高く蹴り上げる。光乃はバランスを崩して、舞の上に倒れる。
「石田くん!」
「結局この時間まで書いてるってことは、休めてねえじゃねえか!」
「いいから!」
「もう訳わからへん。」
石田がボールをさらに高く蹴り上げる。なぜ蹴り上げたのかはよくわからない。
「と、取れない……」
あまりに高く上がったボールにボクが怖気付く。
『お任せあれ!』
ハルがPパッドを携えてボクをかばうように立つ。
ボールは急降下し、重力加速度にしたがって速度を上げる。
Pパッドの表面に衝突すると、その勢いでまた真上に跳ね上がる。
ハルは、そのバウンドを制御するように上を見ながらボールをPパッドで空中で操作している。
「文章が荒れとる。」
「直す暇なんてないのよ!」
「ハル! なんとかしろ!」
『そう言われても。よくわからん……。』
「考えちゃダメ!」
「見てるだけだといろいろ考えてまうやろ!」
「訳わからん。」
「いいから、どっか投げろ。」

『ホイッ!』

「だあああああああああああああ!」

「ああああああああああああっ!」

「ちょ……」
「あっ」

「こっちこっちこっちこっっち……あーーーーーーーっ!」

「おい!」

「とりゃあーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

「何やのこれ……じゃなくて、ほら!」

「ボク! 取れ!」

「はい」

「そうそうそうそう!」

「はっ!」

「うぅ」

「イタタ……」

そうして、彼らは日が沈むまでボールを追い続けた。

そして、建国記念日の長い戦いがついに終わったのであった。そして、筆者のnote連続投稿記録が守られたのであった。

「やらしいな!」

「何のためにアタシら頑張ってんねん!」

「いいから、黙って走れ!」

……続く。

最後までお読みくださりありがとうございます。書くことについて書くこと、とても楽しいので毎日続けていきたいと思います!