見出し画像

アニメオタクにこそ観てほしいアニメ『バクテン!!』の計算され尽くした演出の話

 きっかけは友達からのオススメでございました。

「今季一番面白いですよ」

 そう言われたのが今回取り上げるアニメ『バクテン!!』だったわけですが、正直観る気はあまりなかったんですよね。

バクテン!!


 貼った画像でもわかるとおり、まあ女性向けなんですよ。登場キャラクターはほとんど男で、男子新体操部にすべてを捧げる青春スポーツモノという、女性ファンに一番人気が高いジャンルの作品と言いますか。

 アニメキャラクターって視聴者のフィルターみたいなもので、例えば男オタクなら女性キャラクターがたくさん出てくる事でストーリーなどを受け入れやすくする。

 男趣味のなにがしかを女キャラにやらせるアニメ流行ってるじゃないですか。あれも女性キャラだから観れてるんであって男キャラだと観れたもんじゃない。

『バクテン!!』はその逆で、新体操というどちらかというと女性がやるというイメージのものを男キャラにやらせる事で女性に受け入れやすくしているという、そういう狙いが見えます。それ自体は悪い事ではないんですが、男の僕が観る分にはちょっとどうなのかな…というところがあって、なかなか観る気にはなれなかった。

 しかし最近になって、ちょっと観てみるかとふと思い立ったんですよね。別にきっかけがあったわけじゃなかったんですが、とりあえず観てみようと。

 で、見事にハマっちゃいました(笑)

 1話の前半部分では正直「ふ~ん」って感じで、まあよくある王道スポーツモノなのかなと。主人公の双葉翔太郎が男子新体操に出会うシーンで、先輩達の演技がやたら長尺だったじゃないですか。

 そんなハマるかどうかもわからない段階でよくこんな長い時間割いてるなと…まあこのシーンの意味は後でわかったんですが、1話前半時点での僕はちょっとよく意味を掴みかねていた。

 でも後半、新体操をやりたいと決意した翔太郎が私立蒼秀館高校(通称アオ高)に入学し、バク転を習い始める段階で「お、ちょっと面白そうだな」と。

 翔太郎は中学校まで様々なスポーツをやってきたのですが、新体操に関してはズブの素人。その彼が先輩達に教えてもらいながら覚えていく。

 そんな翔太郎を見ていた同じ一年生の天才・美里良夜が、何も言わずにバク転を一回飛んでやる。それを見た翔太郎が一瞬でイメージを理解し見事成功させるんですが。

 バク転する直前、良夜が小声で「いけ」って言うんですよね。そこが凄く良くて。

 この一言で彼の性格を一言で現してるじゃないですか。口下手ですが優しい。他人想いの良い奴。

 だから僕は良夜きっかけでこの作品にハマったわけです(笑)彼のキャラクター性もそうですし、1話でセリフによる説明ではなく端的に翔太郎の純粋性、良夜の不器用な優しさというのをわかりやすく表現してみせた。

 こういう無理、無駄のない演出で魅せる作品はまあやっぱ面白いんですよ。突飛な設定でも世界観でもないのにちゃんと面白くする技術があるって事なので、信頼もできる。

 というわけでその日から一週間、毎日2話ずつ観て最後まで完走したわけですが…。

 この作品、化け物でした(笑)

 凄いなと感じたエピソードが2つあったのですが、まず8話『お世話します!』からお話ししましょう。

 この話ではメインキャラクターの1人である女川ながよしが仮病を使って部活を休むんですよ。

 彼はかなりチャラいキャラで、良夜によく「よっ、○○エース!」みたいにふざけて絡んでいたのですが、これが実はながよしのコンプレックスの裏返しだったというのがわかる。

 ながよしはアオ高男子新体操部創立メンバーの1人なのですが、キャプテンの七ヶ浜政宗や副キャプテンの築館敬助に比べ自分が何もしていない事にひっそり悩んでいた。それで彼は「なら自分がエースになろう!」と思い立つのですが、今年に入って自分よりも明らかに実力が上の良夜が入ってきた事で、言ってしまえば挫折しかけてたんですね。

 で彼にはチャラいキャラという他にアイドルオタクという設定があって、地元仙台のアイドルまーちょんって女の子を推してるんですけど…正直この設定なんなんだよって思うじゃないですか(笑)

 僕正直言って8話までこの設定に何の意味があるのかわからなかったんですよね。これは完全にイメージですがこういう女性向けの男子スポーツモノってキャラクターに無駄な設定が付いてる事多いじゃないですか(笑)まあ別に話の邪魔をしているわけではないのであるならあるでいいやと思って流してたのですが。

『バクテン!!』ではこの無駄とも思えたアイドルオタク設定に意味を持たせたんですよね。

 ながよしはまーちょんを語る時にいつも「彼女は二番手か三番手だけどいつも一生懸命やっている。そこが好きなんだ」と熱く語っていた。

 一方自分はといえば、エースになろうとするもなれない事が薄々わかってきて、心が折れかかっていたんです。

 しかし甲斐甲斐しく怪我の世話をしてくれた良夜から「先輩にとってのエースってなんですか?」と言われた時、ベッドの上に貼ってあるまーちょんのポスターを見ながら自分が語っていた事を思い出す。


 この真ん中の娘がまーちょんですね(笑)

 僕が面白いと思ったのは、立ち直るきっかけになったのが良夜とかの部活仲間の言葉でも、推しアイドルであるまーちょんの言葉でもなく、まーちょんを語っていた時の自分の言葉だったんですよ。

 つまり、自分の中に答えはもうあったんです。

「人気でいうと二番手か三番手かな?でも前向きで、いつも上を目指してるわけよ。その姿を見てるだけで元気になれるっていうか、マジリスペクト!」

 ながよしというキャラクターは、推しアイドルを通して無意識に自分を見ていたんですよね。

 それを理解してながよしは立ち直り翌朝から練習に復帰するんですが、これを上記の1セリフだけで表現しきっちゃってるのが凄いんですよ。

 普通、わかりやすくしたいんなら例えばながよしが部活からトンズラこいてサボってる時にプライベートのまーちょんと出くわして、アイドルの時とのギャップを感じつつ「あぁ、実はまーちょんも自分と同じ悩みを抱えてるんだ」とかやりそうなもんじゃないですか(笑)

 これはこれで面白いとは思うんですが、女性向けアニメでキャラクターの推しの女性キャラと直に会わせるというのはなかなか冒険。でも会わせないのであれば、結構な技術力を求められると思うのですが、『バクテン!!』はそれを端的に、しかも完璧に表現した。

 この発想力、表現力というのはなかなか他の作品にはないものだと思うんです。

 でこの凄いと思った8話を更に超えていったのが11話『全力で、思い切り!』です。

 インターハイへ行くための地方予選前日、寮の掃除中に誤って手をついてしまった翔太郎は捻挫してしまう。

 その捻挫が結構重症で、医者には安静2週間と診断されるのですが、しかし本番はすぐそこまで迫っていると。

 大会の会場に戻ってきた翔太郎は仲間や監督に出させてくれと懇願するのですが…。

 まあはっきり言って展開でいえば無理に出場するのはわかるじゃないですか(笑)

 主人公が出れないような事態になり、周りが止めようとするも主人公の情熱が上回り出場する…王道展開ですよね。

 リアル系のスポーツモノの元祖であるところの『スラムダンク』の名台詞、「オレは今なんだよ!」みたいな展開です。

オレは今なんだよ


 ただですね、大まかな流れは同じでも同じ展開では結末はわかっていても納得できない。

 怪我をしてても出場したいと言う気持ちを他人に納得させる為に使わせるのって、大抵の場合セリフがキャラクターの動きですかね。

 そういうものに頼るのが多い中で、では『バクテン!!』はいかにして仲間を、そして視聴者を納得させたのか。

 答えはでした。


 これ観た時、思わず「やられた!」と叫んじゃいまして(笑)

 順を追って説明します。まずこの翔太郎というキャラは、とても純真無垢なキャラクターです。

 正直言って最初観た時、「このキャラつまんねえな」と思ってました。彼って性格的に一切悪い部分がなくて純粋、裏を返せば面白味のないキャラなんですよ。

 県大会の時も、まだ演技が上手くできない彼を外すかという話になった時、翔太郎は「先輩達と一緒に出れるのは最後じゃないですか!」と可愛い事を言って猛練習する。

 本当に嫌なところがなくて可愛くて、それ故に無個性さというか、なんでこんなキャラにしたんだろう?って疑問に感じていたんですね。あまり最近こういう真っ当なキャラいないじゃないですか。

 でも彼が地方大会直前に病院から戻ってきて、止める先輩達にもう一度同じ事を言った時、得心がいったんですね。

 あぁ、だから彼は純真無垢じゃないとダメだったんだと。

 つまり彼の中に打算があったらダメなんですよ。彼は怪我をして、それでも先輩達と一緒に大会に出たい。その想いだけでいるのを11話かけて観させられていたから、展開の無理のなさを感じる事ができる。

 反対に他のメンバーや監督に打算が生まれていて、これもまた上手い。先程1話の前半部分に触れましたが、1話ではアオ高男子新体操部は4人で出場してるんです。

 完璧な演技をしていたにも関わらず、結果は20満点中15点。これは彼らの実力というよりも、団体新体操が本来6人で行うものであり、1人欠けると問答無用で1.5点減点されてしまうルールがあるからなんですね。

 というのを1話の前半でじっくり見せてるんですよ。あれがなければ11話でそれほど説得力が出なかったかもしれません。

 最初に翔太郎に説得されたのはキャプテンの政宗で、止めようとする他の部員に向かってこう言います。

「もう俺達だけの夢じゃねぇ!翔太郎も美里も同じ夢を見てるんだ。お前らは耐えられんのか?翔太郎と同じ立場になって、試合に出ずにいられんのかよ?オレは無理だ。例えこの腕が折れたって、きっとそう思う」

 と言って、最後に「ダメなキャプテンだな、オレは」と笑う。

 自分でもそれが良くない判断だってわかってるんですよ。でも自分の勝ちたいという気持ちに嘘を吐けず、翔太郎の言葉に半ば乗っかったわけですね。

 1話で悔しがっていた政宗達の描写をしっかりしてるからこそ、このシーンが生きるわけですね。

 でも監督は最後まで折れない。監督も政宗達と同じ気持ちを持っていますが、情に流されるわけにはいかない。

 監督である志田周作は、過去に大会中怪我を隠して出場した結果選手生命を絶つほどの大怪我をしてしまい、現役を断念している。

 という設定を持っているキャラに対して、やはり言葉で説得するのは無理なんですよ。

 いや、監督自身というよりは視聴者ですね。いくらメタ読みをして「結局出るんだろうな」とわかってはいても、やはり何かで納得させてもらいたいわけじゃないですか。

 で、ここまできて少し話を戻しますが、翔太郎が会場に着いた時、外は雨が降っていました。


 アニメ観てる人ならわかると思うんですが、雨とか曇天ってほとんどの場合悪い予兆とか、暗いシーンで使われる。

 天気というのはアニメの演出のわかりやすい一例なのですが。

 翔太郎が到着した時には雨であって、暗い展開を想起させる演出。しかし彼の言葉に仲間の心が動かされ、最後監督と睨み合う時、彼の背後に光が差すんですよ!


 大事なシーンなのでもう一度貼ります(笑)

 要するにこれって、視聴者に安心してもらう為のシーンなんですね。あんなに暗かった外が、決意を固めた翔太郎の背後で晴れていく。その光が窓枠に反射して後光のように差す事で、「大丈夫、彼の行いは絶対に成功するよ」というのを視聴者に無言で教えてくれてるわけです。

 これ11話なわけじゃないですか。つまりこの時点で観てる人ってほとんどがこの作品のファンなんですよ。

 だから僕らも翔太郎に出場してほしいと思ってますし、上手く行ってほしいと願ってるわけじゃないですか。

 そんな視聴者を納得させる時に、過剰な演出なんて一切要らないんですよね。

 もちろん翔太郎というキャラクターがあって、1話という下地があって、10話までの道のりをちゃんと観ているからこそなんですが、この光だけで伝えてくれるってのは視聴者に対する信頼の証だと思います。

 その想いを感じ取ったから、「やられた!」と叫んだわけです(笑)いや本当にね、上手すぎて悔しいですよ。

 そして監督も納得した後、同じ構図で晴れを見せてこのシーンは完成します。


 上手すぎていっそ憎らしいくらいですよ(笑)

 こうやって視聴者のメタ読みを先読みし、セリフではなく映像表現で見せることによってくどくなく、さりげない誘導を行った。それに僕らがまんまと、むしろ自分から乗りに行く形で乗せられた。

 だから本当にこの作品はアニメを観まくったオタクこそが観るべき作品なんじゃかなあと、そう感じる次第です。

 今回はここいらで終わらせていただきます。映画化も決定しているらしいので、絶対観に行こうと思ってます。どんな表現で魅せてくれるのか、今から楽しみで仕方ありません(笑)

 本当に面白いので、ここまで読んでいただけたなら是非とも観てみてください。

 ではまたどこかで。お疲れ様でした。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?