オトコとオンナのニオイとは(再録2)

 ああ、お待たせしちゃって済みませんね。わざわざ連絡いただいちゃって。ここ? 取材とか企画の打ち合わせのときによく使うお店。お客さんも結構そんな人たちが多いみたいです。
 ここの特製アイスコーヒーは、コーヒー凍らせた氷を使っているから時間が経っても薄くなりません。メニューは高いけど自分で払わないときはここ、分煙していないのだけがちょっと困りものですけど……。
 えーと……何からお話ししましょうか? ニオイの基本から話すと長いんですよ、その部分だけで私2時間喋りっぱなしになっちゃう。だからまあそんな基礎知識は分散させて……ああ、女の子の匂いを嗅ぐアレですか?
 あれは以前にシャンプーのメーカーから依頼された実験でね、『日本女性の、頭皮のニオイを分類してくれ』って内容でした。そう分類、ぶんせきじゃありません。分析ですと「アンモニア何ppm」と機械で測らなくてはいけませんけど、ニオイの質を「汗っぽい、脂っぽい、ダスティ、グリーン」の4種に分類してそれぞれの強さを出せってのが依頼。だから分類です。
 何だかわからないでしょ。私も困りました。予備試験で10人嗅いで……年齢層が10代から60代までで、それぞれ無香料のシャンプーで洗髪してから48時間経った頭頂部を嗅ぐんですよ。
 先入観を持つと判断に影響が出ますから、被験者は全身スッポリカバーをかぶってもらって。出ているのは頭頂部の直径10センチくらい、しかも髪の色とかで年齢わかるとやっぱり影響出るから私は曇りレンズのゴーグルでほとんど何も見えない状態で嗅ぐの。
 それで何とか頭頂部のニオイを4種に分類して……ダスティ? ホコリっぽいって意味合いに取れますけど、実際に枯れ草みたいなニオイしてたヒトがいまして……ああ、グリーンね。こいつが一番困った。日本人特有のニオイだって言われたけど、だからどんなニオイなのかまでは誰も伝えられない。
 ニオイをね、第三者に伝えるのは凄ンごく難かしいんですよ。嗅覚ってのが、仮に人が10人いたとしますよね。その10人の嗅覚感度、つまり鼻の利き具合は全員違うんです。しかもどう違うかを調べるのもまた難しい。
 それに、経験ってのが重要でして。臭気判定士の資格を取ってもすぐ仕事できるわけじゃありません。特に私みたいに何でもかんでも嗅いで調べる仕事だと、頭の中に『ニオイデータベース』を持っていないと勤まらない。
 テレビの生放送に出たこともありましてね。スタジオでちょっとニオイの基本を話すときに基準臭試薬を持って行ったんですよ。昨日お話しした臭気判定士の適性試験に使うやつ。そのうちお見せしますから。
 使った試薬は、甘くて香ばしい感じのニオイだったんですけど。アナウンサーやゲストのタレントさん、全員バラバラな表現でした。先入観なしで薄いニオイを嗅ぐと脳内データベースが間違った判断するし、照会するデータが乏しくてもやっぱり間違える。
 だから、要求にあった『グリーン』のニオイを見つけ出すのにかなり苦労しました。最終的にね、「これだ!」って思ったのは『脂っぽいけど何となく甘い匂い』でした。
 これがね、若い女性の場合は48時間経っても結構良い匂いで……私が男性だからってコトもありますけど。年齢を重ねるに従って脂っこい重苦しい感じに変化して行ってね、最後は加齢臭とかそんな感じのニオイになります。頭皮のニオイを嗅いで、分類して、消去法で結局それが残った。

 たぶん「ラクトン」という物質で、それを配合したボディケア製品も発売されています。でも雑誌が企画した実証試験では「似てなくもない」って香りでしたね。単品でなく皮膚に付いてから一定時間経過して、本人の皮脂臭と混ざらないとダメなのかも知れません。
 え? 若いかどうかって年齢はわからないはず? ああ、そうです。影響が出るからわからないようにいろいろ準備しましたけど、計40人嗅ぐ間にニオイで年齢がわかるようになっちゃいました。その変化がわかるのが『グリーン』ってニオイだったんですよ。
 ちなみにね……かなり高齢だったと思いますけど、一人だけ加齢臭が強く出ていたモニターさんがいまして。そのニオイは私が経験した中でも最強レベルでした。嗅いで、一瞬息が止まったくらい。
 そんな経験をして、脳内のニオイデータベースを豊富にしておかないといけません。まあ技術系の仕事ってのは何でもそうなんですけどね。
 ああ、ちなみに臭気判定士は工学系の技術者です。だから、まるっきりニオイに関する知識がない人に説明するのは上手くない人もいます。私は法学部で文系だったから、自分でも理解できるようにかみ砕いた表現を使います。
 ニオイの測定で使う器材メーカーの営業がこの業界に入った最初で、そこでまだ民間資格だった臭気判定技士を取って。それがそのうち国家資格に移行しました。だから最初はもう何が何だか全然わからない、畑違いの分野を勉強して経験を積んでこうなった。
 他に? 人間のですか? 男女の足とか……フットケア製品の実験でね。あと男の脇の下、カッコ入浴24時間後カッコ閉じるとか、それはボディシェーバーの効果判定。
 だからその脇の下をモロ嗅ぎますよ。マ○ダムの社員で臭気判定士だと、一年中それやっているらしいです。ああ……そう言えば、24時間経っても脇の下良いニオイさせているモニターがいました。もちろん無香料石けんで洗ってケア製品は使っていません、でも自前で良いニオイ出していたらしいです。
 それがね。老舗化粧品メーカーの、昔からある男性用ブランドの香料に似ているんですよ。それ付けているのかって思ったくらい。20人嗅いで2人、ほぼ同じニオイでした。まあ照会数が少ないけど1割ですね。
あれは、もしかすると男性が発散させる『いいニオイ』を再現した香料なのかなー、とか思いましたね。

つづく

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