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電車

 ひとり待つ身はつらいもの。
 待たれてあるはなおつらし。
 されど待たれも待ちもせず、
 ひとりある身はなんとせう。

 揺れる電車の中でこの詩を思い出した。誰だったかな…。

 駅の構内に響く改札開始のアナウンス。私が乗る電車。普段から聞き慣れたアナウンス。なのに今は少しだけ淋しく心に響く。薄暮時だからか。澄み切った空気が鼻腔を刺激する。寒い、目頭から涙が流れる。「今生の別れではあるまい。またすぐ会える」と思う。背後からの視線を感じるも振り返る事はできない。駅のホームに向かう私の姿を改札越しに見る彼女の視界から、あと何歩で消えることができるだろうか。そんな考えを抱きながら階下のホームに歩みを進めた。

 車内のボックス席に電車の進行方向とは逆向きに座る。電車が動き始める。暗闇に浮かぶ街路灯は、視界の端から流れては消え行く風景の中で明滅を繰り返す。「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」今日は様々な詩を思い出す。

 電車というのは実に不思議な空間だと思う。携帯端末でゲームをする者、本を読む者、友達と喋り合う者、考え事をする者。同じ一つの空間を共有していても1人1人が皆、一本の線路を異なる方法で目的地を目指す。そんな私は今、電車に揺られながら先程の場面を思い出している。なぜ振り返らなかったのか、なぜ別れの挨拶を拒んだのか。ただの羞恥心からか、はたまた後ろ髪を引かれる想いを断って改札を過ぎた自分の覚悟が揺らいでしまう気がしたからだろうか。そんな事を考えている。あと一駅で乗り換えだ。

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