姉とぼく

ぼくのことを話すなら、姉の話は避けて通れないと思う。ぼくは姉のことが大好きであり、大嫌い。好き、憧れ、羨む気持ち。愛憎表裏とはまさにこのことかと思うほど。

5つ上の姉とは喧嘩はしない。

そもそも話をしなかったから。

5つ上の姉は頭が良かった。真面目だった。悪事は一切しなかった。浮いた話もなく、ただ親の言うことを聞き、「いい子」だった。

反対に私は姉に比べれば頭もさほど良くなく、不真面目で、悪いことばかりをし、警察に厄介になることもあった。親への反抗しか頭になかった。

姉は運動もよくできたし、絵も上手かった。写真も綺麗だった。もちろん顔も美人だった。

ぼくは運動はしなかった。絵も描いたけど姉より下手だったし、写真もそんなにだった。

とにかく姉の方がよく出来ている。と言われて育った。姉の方が絵が上手い、ぼくの絵は形にもなってないだとか、姉の方が美人だとか。姉の方が賢いだとか。

ぼくの絵は値段がついて売れたし、写真は新宿で展示された後誰かが買っていったそう。でも親はぼくには何も言わなかった。

姉が二十歳の時、振袖を買って貰って、成人式の写真を撮った。僕が二十歳の時、ぼくは生後4か月の子供がいたので写真は時期をみて撮ろうという話になった。何年経っても撮らなかったのだが。

姉が、そういえば私の振袖着たの?と聞いてきた。着てないよと答えると、話を聞いた親はぼくに自分で着物屋さんと写真屋さんに予約しにいけば?と言った。

姉が一言いうだけでぼくが何年も待ったことがこんなにもすんなりと進んでいくんだ、と思った。23歳の時に成人式の写真を撮った。

姉の写真は美人だとみんなに言われていたが、ぼくの写真はなんだかおばさんみたい、とか髪色が変だねとか散々な言われようだった。撮らない方がマシだったと今では思う。

姉が大学に進学し、県外へ出たことで自動的にぼくの進学も県外へ出る道も断たれた。進学できないと分かっていたが、京都の芸術系の専門学校のオープンキャンパスに行けたことは嬉しかった。空気だけでも味わえて良かった。大学に行きたい、進学をしたいと思って一人泣いた夜は数えきれない。

高校を卒業し、大卒の人たちに混ざって同じ仕事をした。4年遊んでいた奴と比べてなんでぼくの方が給料が少ないんだ?と疑問に思う事もあった。たまに進学したかったと思うこともあったが、数は減った。しかたない、と諦めるしかなかったから。

しかし姉とはとても仲良し。ほぼ毎日LINEを送りあっている。

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