『にんじん男爵の冒険』1 創世記~神々の時代~

筆者 聖書作家(ペンネーム)


序章 創世記

0、宇宙の創生

そこにはなにもなかった。
すべてが無であった。
味覚よあれ!
と何者かが叫んだ。すると、味を理解する原初の神が生誕した。
原初の神は始まりのアー、中間のウー、そして終わりのンを含めてアーウーンと叫んだので、アーウーンと呼ばれる。創造神である。
創造神は世界をおつくりになった。それは混沌でしかなかった。
混沌の中で、創造神は最初の食べる者になられた。
創造神は宇宙のすべてを混ぜてスープを創造なさった。
創造神はスープを創造してお飲みになられた。
すると、創造神の御身が輝きだした。こうして宇宙に光と闇が生まれた。
光とは食べる者と食べられるものが結びつくことであり、闇とはまだ食べられていないものである。
創造神は飲むことをよしとされて、スープを飲むたびに創造神は宇宙を創造された。
このとき1日という時間の単位が生じた。スープを飲み味わうときが1日の始まりとなった。
2日目にはスープをかき混ぜて救うための大いなるオタマとスプーンを創造された。
それゆえオタマは救済の鍵である。
3日目にスープを入れる器を創造された。器は球体であり、スープを注ぐ穴が開けられて、そこからスープを流し込んだ。こうして生まれたのが星々である。星々とはスープを入れて調理し、また適温で保管しておくための器である。
4日目にはスープを飲みやすいように、世界に天井と底を創造して溢れないようにされた。
5日目にはスープをよりおいしく味わうためにスープの具材をお作りになられた。このとき作られたのがじゃがいも、にんじん、玉ねぎである。
世界の天井と底の間に漂う栄養を固めたものがじゃがいもとなった。
世界の天井近くの空と呼ばれる性質を冷まして液体にしたものがにんじんとなった。
世界の底に近い部分にたまったうまみと苦みを固められたものが玉ねぎとなった。
世界の創造を終えられた創造神はスープの中に溶け込んだ。今度は自分が食べられる側になるためである。

1、統一時代


創造神が溶けだしたスープを飲んだものたちは自らを自覚した。
彼らは三柱となり、三柱の神々は創造神の名を借りて、アー、ウー、ンと呼び合うようになった。
至高の三柱アー、ウー、ンは創造神が溶けだしたスープをよく味わうために、それぞれ神々を生み出した。ヤー、ルー、バーを名付けられた。
生み出された神々は至高の三柱アー、ウー、ンのために美味なるスープを作る料理人であったので、調理の三柱と呼ばれた。
至高の三柱アー、ウー、ンのために調理の三柱はじゃがいも、にんじん、玉ねぎをスープに投入して煮込んだ。こうして完成した最初の料理がカレーである。
調理の三柱ヤー、ルー、バーは調理の仕事を分担することになった。
ヤーは食材の管理者であり、産み落とした食材を収穫して加工した。ヤー、それは始まりを意味している。
ルーはカレースープの泉の管理者であり、カレースープの味を宇宙の調和された状態に保ちカレーを作った。ルーは永遠、終わりがないことを意味している。
バーは煮込んだスープを注ぐ器とカレーを味わうための数々の器具の製造者であった。カレーを最高の状態で食するための力であり、それは終わりを意味している。
三柱の神々は協定を作り、互いの有する技術を尊重して相互に不干渉を定めていた。
神々は大いなる器でカレーを煮込みおいしく仲良く食していた。
このような平和な時代は32兆年ほど続いた。

2、戦争時代


至高の三柱のためにカレーを作り続けた調理の三柱ヤー、ルー、バーだったが、創造神がお創りになられたカレーの材料がいよいよ減ってきた。
特に深刻だったのはじゃがいも、にんじん、玉ねぎの不足であった。
調理の三柱ヤー、ルー、バーは聖別されたじゃがいも、にんじん、玉ねぎを増やすために彼らに命を与えて、生殖できるようにされた。それだけでなく、彼らを育てる畑を作るために、世界のあちこちからちりを集めて、土とした。
じゃがいも、にんじん、玉ねぎは土に植えられて数を増やしていった。
聖菜として聖別された彼らは、至高の三柱に捧げられるための食材人と呼ばれた。
食材人は神々に似た姿で創造されたが、口がなかった。食材人は神々に食べられるために生み出されたからである。
食材人は個人としての自覚を持たない植物のような存在であり、神々を愛し、深く信仰し、文字通り身を投げ出すことを喜びとしていた。
しかし、ある時食材人のなかで、食べられるだけの存在であることに疑問を抱くものが現れたのだった。彼は食材人が嬉々として神々に食べられることに驚いた。
それは大いなる自覚の始まりであり、争いの始まりだった。
彼は自分たちが神々の食材として生まれて死ぬことに疑問を抱き、カレースープの中に投入されることを拒否した最初の人間であった。
神々は彼を見て困惑した。
食材人は神々の創造するカレーの食材となるべく自分たちが創造したものである。被造物がカレーの一部になることを拒否するという事態に強い恐れを抱いた。
その時から神々はカレースープの材料として作り出した食材人に恐れを抱くようになった。
このとき神々に生じた感情は、宇宙に大きな変化をもたらした。
間もなく、食材人たちも感情を抱くようになった。
怒り、哀しみ、楽しみ、苦しみ、辛いという感情が生まれた。
多様な感情を抱く食材人たちをカレースープの材料とすると味が変化することを発見した。
中には、至高の三柱が好む味もあれば、嫌う味もあった。
そこで、調理の三柱ヤー、ルー、バーは人間に至高の三柱が好む特定の感情を抱かせてからカレースープに投入するようになった。そして、感情を抱いた食材人を食した神々も影響を受けて感情を抱くようになった。
感情こそが、争いを生み出すもととなった。

人間的な感情の影響を強い受けた神々の一柱ルーは、カレースープの泉の管理者であったが、それだけでは飽き足らず、カレースープの泉を独占しようと考えた。
ルーは、食材人に宇宙の中で置かれた立ち位置を説明することで自分たちがいかに卑小な存在であるかを教えて、食材人の管理を強化すると二柱の神々に説明したが、実際には食材人に自分たちが置かれた状況の不遇さを教えたのである。それは食材人の人としての自覚を高め、食材人たちを目覚めさせたいという考えを抱かせた。
ルーの企みは途中まで成功した。ルーは、目覚めた人を蜂起させ、カレースープの泉を一時的に開放、占領させた。
泉の管理人であったルーは、食材人から泉を取り戻すためにさらに強い権力を要求し、それは認められた。
ルーは蜂起した人を捕らえて辺境の池に投げ込んだ。池にはカレースープよりもさらに強烈な甘酸っぱさがにじむようになった。
ルーは辺境の池を少しだけ口に含んだ。その時ルーはこれまで自分が知る宇宙の調和と異なる禁断の味を知ってしまった。
ルーはその後、人に積極的に反乱を起こすように仕向け、彼らを裁いて池に落とした。池に落とされた人は涙を流し、池は哀しみに染まり、酸っぱくなった。
ルーは人の抱く酸っぱい甘美な感情に浸るようになり、カレースープの管理を怠るようになった。
カレースープの味の劣化に気づいた二柱は池が甘酸っぱくなっていることを突き止め、ルーからカレースープの泉の管理権を奪おうとした。ルーが応戦して最初の戦いが始まった。
ルーは泉と池と人の管理権を要求してヤーとバーと対決したが敗れた。
カレースープの泉の管理者だったルーはカレーを作るためには不可欠な存在としてもっとも強い存在だったが、とうとう人のなかからルーに歯向かうものが現れた。
ルーに歯向かう人をヤーが支援し、なんとかヤーとバーが勝利を収めたのだ。
以後、人は食材人として材料に使われる奴隷的存在となり果てて、拘束させるようになった。
敗れたルーは通称嘆きの池と呼ばれる池の管理者となり、カレースープの泉はヤーとバーの共同管理となった。
だが、今度はヤーとバーの間で対立が生じた。両者は食材人の味付けの方針でもめるようになり、先の争いでどちらが貢献したかについて口論が絶えなかった。
その間、カレースープの泉の味は、本来の管理者の不在によって味の劣化が進み、神々はもはやカレースープの泉に関心を抱かなくなった。新たに彼らが関心を抱くようになったのは食材人の所有であり、神々は食材人をどうやっておいしく調理して食べるかを研究するようになった。
食材の調理については三柱の中でもルーの技術が卓越していた。
カレースープの泉の管理権を失った後、ルーは二柱が管理する食材人をさらって調理し絶望した人を嘆きの池に投げ込みそれを味わった。
ヤーとバーは食材人のおいしい調理法の探求に明け暮れ、ルーの持っているレシピを奪おうと画策した。
二度目の戦争が起こるかと思われたが、三柱の神々は互いの知識の一部を共有することに合意して戦争は防がれた。
ヤー、ルー、バーは食材人をどうやって調理すればおいしくなるかで互いに競い合うようになった。
カレースープの泉は完全に枯れて、世界はスープと食材人を巡る終わりのない戦争時代に移行した。この時代は32億年続いた。

3、英雄時代


ルーから知恵を授かった食材人は、ヤー、ルー、バーによって処分された。カレースープの泉に投げ込まれたり、嘆きの池に投げ込まれたり、刻まれたりした。
それが食材人として生まれた彼らの当然の在り方であった。
だが、ついに食材人のなかから大いなる存在が産み落とされた。
キノウと呼ばれた彼女は聖別されたじゃがいも人であった。しかし、キノウはほかの食材人とは違う使命を背負っていた。
キノウの使命とは、ヤーが支配する創造の時代に終焉をもたらすことだった。
ヤーはキノウが産み落とされた時、世界に大きな変化が起こることを予感した。
ヤーは創造が乱されないよう、自らに害をもたらすキノウを食べようと欲した。ヤーは世界中の食材を集めてロクに調理もせずに丸呑みにした。その勢いは宇宙を食べつくすほどであった。
キノウはルーの手引きによって保護されて難を逃れた。彼女は食材人のなかでほかの食材人と変わらないように生かされた。
ルーはキノウの使命を果たせるよう、自らの叡智を授けて大切に育てた。
キノウは32歳の時に目覚めた。
キノウは食材人を支配しすべてを丸のみしようとする支配者、ヤーを倒すために自分が生まれたことを自覚し、ヤーを倒すことを決意する。
キノウはその卓越した知恵から、カレースープの味付けという重要な役割をヤーに任されるようになった。
キノウはヤーの苦手な甘酸っぱいりんご入りのカレーを食させた。ヤーはすぐに吐き出したが、毒が全身に回り間もなく死んだ。
ヤーへの復讐を果たしたルーは、バーに戦いを挑んだ。力で勝るルーはバーに勝利して、すべての食材人の管理権を掌握することに成功した。
ルーは再び世界の支配者、その中心に君臨し、我が世の春を謳歌した。その治世は満月のように決してかげることがないとされていたが、それを終わらせる出来事が起こった。
ルーはヤーに代わって食材人を産み落とした。その中にはルーの知らない人が紛れていた。彼女は食材人ではなかった。
キョウと名付けられた彼女を、ルーに報復しようとしたバーが隠した。
キョウに与えられた使命はキノウのそれと違っていた。彼女の願いはすべての食材人の解放であり、神々の支配する時代を終わらせることだった。
キョウは11歳の時、すでに神々の時代を終わらせるだけの力を有していた。だがおごれるルーは彼女のことを軽んじていた。
キョウは自らを保護してルーを殺させようとするバーの企みを見抜いていた。バーの塩味嫌いを見抜き、キョウは塩味の濃いスープを飲ませて酔っている間ににんじんの剣でその頭を落とした。
29歳になったキョウは、最後に残った神、世界の支配者であるルーに戦いを挑んだ。
戦いは3年2カ月続き、ルーはついに彼女を殺すことに成功した。
彼女は嘆きの池の傍に立てたフォークに縛り付けられて死を迎えた。
だが、ルーの損害は小さくなかった。キョウによって蜂起した食材人たちを皆殺しにした結果、食糧不足となり、ルーは栄養失調と老いによって力を失い、世界の辺境に逃れることとなった。
偉大な英雄たちによって世界はようやく三柱の支配から抜け出すことになったのである。

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