『にんじん男爵の冒険』11 第4章 オタマ王国の王立世界第一図書館

第4章 オタマ王国の王立世界第一図書館


地下王国ミルフィーユについて調べるならばどうするべきか思案してみた。そうだ、世界図書館にいけばなにかわかるかもしれない。
世界図書館ではこの世界のすべての公開情報を検索することができる。ネットにある物も紙媒体のものもすべて調べることができる。ここに1週間こもれば大抵のものがそろうとされている。
世界図書館、正式名称王立世界第一図書館があるのはモンブラン王国……の北方にある友好国オタマ王国の首都メシヤである。
オタマ王国は肉食時代の終わりに成立した国で、オタマ王家は、にんじん御三家の一つ金美家と小麦王家の婚姻によって成立した名家である。
代々オタマ王家のオタマ王が統治し、平和が保たれている。モンブラン王国の前身である米国、ショコラ共和国の前身である小麦国の時代から友好国である。
その特殊な出自と、モンブラン王国とショコラ共和国の間に存在するという特殊な地理条件もあって、両国の緩衝国の役割も果たしている。
先の大戦ではオタマ王国は中立の立場に立ち、小麦共和国と米国の間を取り持ち、両国の間に立って軍事衝突を避けようとした。講和条約の際には仲介国の一つとして議論に参加した。
初代オタマ王以来、オタマ王はカレースープの泉の味の管理を任されていた。
世界のすべてが溶け込んでいたとされるカレースープ、その資料を集めた組織を母体に、首都のメシヤに王立世界第一図書館が設立された。研究のために王立図書館大学院大学が設置され、世界中からインテリが集まる街に発展した。
オタマ王国の首都メシヤはスイーツ三公国からは大分遠い。山幸連邦をさらに南下した長靴地域の南西部にある。
電車で行くことになるが、ドーナツ公国北口駅から西京に向かい、ショコラ大陸横断鉄道に乗り換える。そこから終点の南京駅で長靴鉄道に乗り換えて7駅先、終点のメシヤ駅から入国するので半日近くかかるだろう。
クレープ公国の入管で預けていたにんじんソードを受け取り砂糖袋の中身を補充して電車に乗る。
王立世界第一図書館は、カレースープの泉についての情報を記録することを存在意義とする。ほとんどは公開情報ではあるが、実物を含め、細かいデータを調べるには王立世界第一図書館に来るのが賢明である。
味覚の研究者をはじめとする世界中の研究者や物書きなどの知識人層が王立世界第一図書館に集まるため、王立世界第一図書館があるオタマ王国の首都メシヤは、『偉大なる賢者の街』という別名が与えられている。
別名は三大国の首都をはじめとしてカレー王が聖別するために都につける聖なる名だ。
既知のことではあると思うが、この世界のインテリの基準は、ある書物を読んでいるかで判断される。世界のことを記した『聖書』と呼ばれるものである。
ちょうど待っていた電車が到着したので、ゆっくり座って『聖書』でも読みながら待つことにするとしよう。ちょうど新しい版が出ていたはず。乗り継ぎする南京まで9時間ほどあるのでゆっくり読めそうだ。
駅の売店で『聖書』を購入する。モンブラン王国公認の王国版第76版31刷の『聖書』だ。
この『聖書』を読むことがインテリの唯一の条件であり、読んでいない者はどれだけ知識を蓄えていてもインテリではない。
世界の王族貴族はみな『聖書』を教える三大国の大学に通い、卒業しなければ貴族の爵位を得ることができない。卒業できないものは恥であり、王族貴族の当主、王位継承権をはく奪される。
『聖書』の中でも最も重要であり、最難解とされているのが世界の始まりと人類の歴史を記したとされる創世記全8編およびパイナップルの予言書である。
創世記に地下王国ミルフィーユについてのヒントがあるかもしれない。せっかくなので改めて読み直してみよう。

創世記全8編の構成は、
0、宇宙の創生
1、統一時代
2、戦争時代
3、英雄時代
4、人間(草食)時代
5、肉食時代
6、穀物時代
7、トッピング時代
となっている。

第0編では、味覚を求める創造神アーウーンによる宇宙の創生がなされる5日間について書かれている。
第1編では至高の三柱アー、ウー、ンが調理の三柱ヤー、バー、ルーにカレースープの泉からカレーを作らせる役割などが記されている。
第2編では調理の三柱ヤー、バー、ルーと食材人の調理の神話と、三柱の闘争の歴史が描かれる。
第3編では、2人の英雄、キノウとキョウの活躍が描かれる。キノウとキョウによって、調理の三柱が退き、次の人間時代をもたらす過程が書かれる。
第4編では、人類の始祖アシタによって人間たちの手による新しい統一時代が訪れる。枯れたカレースープの泉が復活し、じゃがいも、にんじん、玉ねぎという三種の聖菜を投入して食べる時代と、三大国時代の訪れについて描かれる。
第5編では、肉食の始まりと牧畜の導入について書かれている。預言者ハンが建国したハン帝国、その領土は3人の子どもに分割され、牛肉、豚肉、羊肉を愛好する3つの宗派に別れて争いが続いた。肉食は人間たちの味覚を変えた。それまでの苦い味ではなく、塩辛い味や、肉の臭みを抑えるために辛い味を好むようになったという。
第6編では、預言者パイナップルの登場と、穀物食と農耕の導入について書かれている。穀物食はカレーに新しい食生活を与えた。人間はよく噛んで食べるようになり、葉が固くなった。
第7編では、穀物時代後期のトッピング時代について書かれている。揚げ物をカレーに乗せて食べるようになったり、福神漬けと一緒に食べるようになったりと、カレーを中心にさらにおいしい食事を目指すようになった。
いまわたしたちが生きているのはその後のデザート時代であり、319年続いている。デザート時代については時代の終わりと共に、創世記に加筆されるだろう。
創世記を6編まで読み終えたところで南京に到着した。大陸横断鉄道から長靴鉄道に乗り換える。座席に座る。
さて、続きだ。

創世記を誰が書いたかと疑問に思った人もいるだろう。
前の時代の終わりとともに時代を終わらせる預言者が現れて、前時代の分を書き加えるのが通例となっている。
例えば草食時代のことは預言者ハンの息子の預言者杯が、肉食時代のことは預言者パイナップルが、穀物時代については預言者シュガーがそれぞれ執筆している。
『聖書』の執筆にかかわる預言者のことを大預言者、または聖書執筆者と呼んでほかの預言者と区別する。
聖書執筆者となる大預言者は代々カレー王によって選定され、大預言者たちは完成させた草稿をカレー王に献上する。献上された『聖書』の草稿を参考に各三大国または各時代の教会が編集する。編集の際には草稿だけでなく、以前についても時代にそぐわない表現があれば修正することもあるという。
わたしが読んでいるモンブラン王国公認の王国版第76版31刷、この76という版数が改定された回数を表し、刷数が年数を表す。王国は年の初めに刷っており、今年はモンブラン暦31年なので31刷となる。
カレー王・モンブラン王国公認『聖書』が最も古く版数も最多である。ほかには、ショコラ共和国版、全世界教会・シフォン帝国版、王立世界第一図書館版などが代表的である。三大国の『聖書』は各国の指導者集団や貴族が読んでいる。王立世界第一図書館版はインテリたちの必読書とされている。
どの『聖書』でも、創世記からはじまり、創世記の最後に書かれているのはパイナップルの預言書と呼ばれる短い文書である。
預言者パイナップルという人物は、人間たちが復活させたカレースープの味を知る大賢者であり、肉食時代を終わらせて穀物時代の始まりに現れた預言者である。
彼は世界の終末について語り、世界を救う予言としてパイナップルの預言書を記したとされる。

大いなるパイ。その実は熟し、甘くなるだろう。
甘い実が地に落ちるとき、大地に血の川が流れる。
人は殺され、中身の甘い部分を食べるために、上下2つに引き裂かれる。
チョコは吸い尽くされ、外の重なった皮も食べつくされる。
こうして残った人は見捨てられる。
その時、開けの明星が昇り、血に染まった暗黒の大地は癒される。
だが彼は救い主なのだろうか?

頑なに閉じたパイナップルが花開くとき、世界に喜びが満ち溢れるだろう。
怒りは波が引くように去り、哀しみは癒され、楽しさが沸き上がってくる、辛いことは終わりを迎え、苦しみは癒される。
昨日を受け入れ、今日という日に感謝を捧げよう。そうすれば明日も食べられるだろう。おいしいパイの実を。

これだけの短い文書なのだが、いまだにこのパイナップルの預言書の内容は解読されていない。
食事の話をしているように見えるが、食事シーンに偽装して世界の終末について語られているという説が専門家の主流学説だ。
パイナップルや開けの明星など、わかる単語はあるが、全体としてなにを語っているのかわからないため預言書のなかでも難解といわれている。
この預言書の解釈については多くの宗派が様々な角度から解釈を行っている。特に解釈が分かれるのはパイの実という単語であり、パイの実をパイナップルと同じ意味ととらえる人と、違う意味でとらえる人で解釈が分かれる。
わたしがこの文書に注目しているのは、パイナップルの預言書に出てくるパイナップルが重なったものだからだ。ミルフィーユとは重なった層の意味であり、パイナップルの重なった皮に似ている。その関係がどういうものなのかはわからないが、創世記の中だとこの預言書は無視できないものだ。

ここから考察を始めようというところで、電車がメシヤ駅に到着したようだ。本を読んでいると時間があっという間に過ぎてしまうものだ。
ドーナツ公国ほど長い列はないが、入国管理が比較的厳しいようだ。
まあ、カレー王のパスポートで入国するのでわたしは関係ない、そう思っていたら入国管理局の人間呼び止められた。
「申し訳ありません。メシヤに立ち入られる場合は、何人たりとも、たとえカレー王のパスポートをお持ちであっても入国手続きをしていただくことになっているおります。手続きをお願いします」
「どうしてですか?」
「ご存知のように、オタマ王国には世界の最重要情報が保管されています。パスポートを偽造して不法な方法で出入国し、情報を持ち出そうとするものが後を絶たないのです。ですから、一応確認をして、正規の手続きをしていただくようお願いします」
「なるほど。情報漏えいを避けるためですか。まあ、仕方がありません」
わたしははじめて正規の入国手続きをしたのだが、とにかく手間がかかる。入国手続きが終わるまで2時間ほどかかった。
「入国手続きというのは、ずいぶんと大変なんですね」
「これは入国手続きなので早い方です。出国の場合は手荷物検査などがあるので丸1日かかると思っていただいたほうがいいでしょう。電車の指定席をご利用の際は、出国手続きにかかる時間を考慮して購入することをお勧めしております」
「……わかりました」
最初から手待ち時間が長いと分かっていればまあ、問題はない。
この長い出国手続きに文句を言う人もいそうに思えるが、手続きは静かで管理局員の声しか聞こえない。みな分厚い本やタブレットを持ち込んでいた。
首都メシヤはインテリの街なのでなんらかの本を読んだり、調べ物をしたり、論文を書いたりしているので、待ち時間を気にする人はいないのかもしれない。
ようやく入国手続きが終わり、建物を出ると時間がゆったりと流れるインテリの街、メシヤだ。入国口はほかにもあるが、首都メシヤへ入る場合はさらに入都手続きというのがあるらしい。ここからならまとめて1回で終わるのでまだ早いほうといえるのかもしれない。
さて、目的地の王立世界第一図書館に向かうとしよう。
歩いているのは玉ねぎ人、にんじん人が多いが、多種多様な人種がいる。一見すると何人かわからない人も多い。共通するのは体が小さいというか、背中が曲がっている人が目立つことだろうか。たぶん本の虫になって、日光に当たる機会が少ないことによる発育不足だろう。
本を読んだり、タブレットを見ながら歩いている人もいる。そのままだとぶつかってしまいそうだが、外を歩いている人自体が少ないうえ、みなうまく避けているようだ。
わたしは彼らのように下を向きながらうまく避けられないので前を向いて歩くことにした。
この街はこれまできたどの街とも違う雰囲気が漂っている。
メシヤというだけあってカレーを食べる飲食店の数が多い。普通カレー屋や本屋は1つの街に2、3店舗あればましなほうだが、メシヤでは道の両端にカレー屋が無数に並び、その間に古本屋がびっしりと並んでいる。世界中から多くの出版社が集まるだけあって、品ぞろえもすばらしい。たいていの専門書はここに来ればそろっている。
なぜカレー屋がこんなにあるのか? それは誰も自炊しないからだ。他の街の住民は自炊する人が多く、外食は稀だ。だから街に数店あれば十分。
だが、インテリたちは勉強に集中するために自炊時間を削る。すると外食ばかりになる。さらに食事時間すら惜しんで読書や研究をしながらカレーを食べる人が多いのでカレー屋と本屋が併設されるようになったと聞いたことがある。
読書ばかりでお腹もすいてきた。腹ごなしにカレー店に入ってみるとしよう。
店内は落ち着いた雰囲気で、みなカレーを食べている。ひとまず席に座る。
「ご注文は?」と店員さんが注文を取りにきた。
「カレーを」
「トッピングは?」
「唐揚げ」
「本はどういたしましょうか?」
「本?」
「はい。食事中に読む本です。持ち込みでしょうか?」
「『月間モンブラン』は置いてありますか?」
「ただいまお持ちいたします」
店員さんはすぐに『月間モンブラン』という月刊誌を持ってきてくれた。
「ありがとう」
月刊誌を手渡した店員さんがすぐに動かないので、チップがほしいのだと気づいた。
「これは失礼。この街に来たばかりなもので、勝手がわかりません」
「モンブラン王国にはチップがありませんからね」と店員さん。
チップを手渡すと、店員さんは店の奥に引っ込んだ。
食事中に本を読むという習慣は、王宮にはなかったように思う。が、思い返してみると政策の相談役や大学教授などが来た時は、食事をしながら本を読んでいた気がする。これはメシヤのインテリ特有の習慣なのだろう。
客たちはみななにかを読んだり、電子機器を操作しながら食事をしている。彼らにとっては知恵を得ることが食事みたいなものなのかもしれない。大学生時代、わたしも試験前は食べながら勉強していた気もする。
さて、『月間モンブラン』だ。『月間モンブラン』という月刊誌は、モンブラン王国の情勢や、最近の流行などが書かれているわたしの愛読紙だ。旅に出てからのモンブラン王国の情報は、『月間モンブラン』から得ている。
他国についても、それぞれの国情誌が存在する。一部の例外はあるが、国情誌がない国や地域は存在しないといっていい。月刊誌がほとんどだが、小国だと3カ月や半年、1年に1度発行というものもある。
王立世界第一図書館にはすべての国地域の国情誌の創刊号から最新号までのバックナンバーが保管されている。王立世界第一図書館にいれば、世界中の情報を入手することができる。表向きの情報に限らず、裏情報も。
食事と読書を終えて図書館に向かう。

20分ほど歩くと大きな黒いキューブ(正六面体)の建物が見えてきた。ここが王立世界第一図書館である。
正面門以外には入り口も窓もなく、一度入ったならば外からその様子をうかがい知ることはできない。
セキュリティーは万全のようで、32時間体制の警備が実施されており、不正な侵入者があれば警報が鳴るようだ。
また長い入館手続きでもあるのかと思ったが、ここはカレー王のパスポートが入館証として利用できるので手続きは不要だ。高度な読み取り装置が付いており、偽物を判別できるようだ。こんなものがあるなら入国審査で使ってもらいたいものだ。いや、それだけ王立世界第一図書館が重要だということだろう。
案内人に利用法を聞くと、3通りの入場口があると教えられた。
1つ目は簡単な調べものをする入場口で、こちらは必要な資料を司書さんが集めてきてくれるが、最長で4時間までしか利用できない。調べものが終わったらすぐに退出することになる。
2つ目は学習用の入場口で、勉強や論文の作成作業などに集中したい人専用の個室が用意されている。個室が空いていればすぐには入れるが、個室が空いていない場合は順番待ちする必要がある。開いているかどうかは入場口から入れるかで判断できる。こちらの最大利用時間は1回16時間となっている。
最後の入場口は、ちょっと時間のかかる調べものをする場合であり、こちらは図書館の表のフロアだけでなく、図書館の表に並ばない地下蔵書も調べることができる。必要があれば、司書さんに資料集めを手伝ってもらうことも可能だ。最長利用時間は1週間。延長も可能である。
最後の入場口に関しては、入国手続きの段階である程度決まってくる。オタマ国首都メシヤの短期ビザが3日なので、短期ビザの場合は、1か2の用途でしか使えない。利用者のほとんどはオタマ国の有国籍者か、就労ビザまたは研究ビザを持っている人で占められている。
わたしは2週間程度の研究ビザを取っておいたので、最後の入場口から入ることが可能である。
地下王国ミルフィーユについて調べるとなれば、それなりに時間がかかるだろう。最後の入場口から入場することに決めた。
自分の部屋を決める。長期滞在を目的としているからか、洗面所や湯沸かしポット、簡易ベッドなどが備え付けられている個室だ。食事はルームサービスでネット接続されたタブレットから頼むことができるようだ。
本を調べる際はタブレットからも調べられるが、専門の司書さんがいて本を集めてくれるサービスもあるようだ。
さっそく司書さんを音声で呼ぶ。
「にんじん男爵です。資料を探したいのですが」
「にんじん男爵さん、どのような調べものでしょうか?」と返事がする。
「地下王国ミルフィーユに関する資料をお願いします」
「……わかりました。少々お待ちください」
30分ほどして、司書さんが書類を持ってやってきた。
「地下王国ミルフィーユに言及している1次資料は見つかりませんでしたが、二次資料として記事や、発言、記録などがありました」
「ありがとうございます」
「また御用があればお呼びください」
もっとたくさん資料が出てくるかと思ったが、パフェ大公が知らないだけあって、資料の数が少ない。すべて合わせて5ページ分しかない。
「これは思ったよりも長引きそうだな」


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