記録:妊娠後期




後期に入るタイミングで、週数にしては子宮頸管が短いから自宅安静して、と指示される。
お腹が張ってる自覚もあったので張り止めを処方され、トイレと食事以外はひたすら横になって過ごす生活が始まる。

院長の口から切迫早産という言葉は一度も出なかったものの、外に出てきても大丈夫な週に入るまで何としてもおなかにいてもらいたくて、できるだけ忠実に安静に、横になって過ごした。


それまでは妊娠してることを忘れるくらい体調も良くて、運動不足にならないようにもりもり家事したり、意識的に動くようにしてたけど、あれは動きすぎだったんだなと反省。
妊娠って本当にわからないことだらけ。

院長にとにかく横になってて、家事もしちゃだめと言われてしまったので、家にいるのに家事ができず夫の負担が増えて申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、仕事しながらも難なく家事も回す夫の姿には本当に安心させてもらえた。当たり前のことだけど、これが出来ない人も世の中にはいて、そういう相手と一緒に生活するのは本当にきつい。これから一緒に子供を育てていく上でこの安心感はかなりでかい。


これまで苦手でほぼノータッチだった料理も、これを機に習得してくれた。すごい。
キッチンとFaceTimeで繋いでハラハラ指示しながら作ってくれたごはん、本当に嬉しかった。毎回毎回沁みて美味しかった。

私は、一緒に暮らす上でお互いが得意、不得意分野を理解して補い合えば良いと思っていて、
私の苦手なことを補ってもらっている分夫の苦手な料理は私ができればいいと思っていたけど、食事はやっぱり疎かにすると体調不良にも繋がるから、お互いある程度できた方がいい。から、克服してくれて本当に良かった。
自宅安静がなかったとしても、臨月は立ってるだけでしんどくて料理なんてできなかったと思う。


忙しい中全てを支えてくれて、私が無事に正産期まで妊娠を続けられたのは本当に夫のおかげ。私1人では精神的にも身体的にも乗り越えられなかった。

と言いつつも産後は余裕なくて👹化してるかもしれないので笑、書いておく。産後のメンタルがどうなってるか今からおそろしいけど、この数ヶ月のことを思い出してどうか穏やかにやっていてほしい。




28週から、30週半ばに入るくらいまでは早産に怯える日々だった。
頸管長的にそこまで切迫した状態じゃないのでは…と思ったときもあったけど、36週未満で破水や陣痛が来てしまうと通っている産院で出産することができない。
私は絶対にこの(ご飯が美味しいと評判で無痛分娩の実績が豊富な)産院で出産したかった。

いつ何が起こるかわからないという緊張感をもって1日1日薄氷を踏むような気持ちで過ごしていた。真面目だわ。


お腹が張りやすい体質のようで、ずっと横になっていても張る、天気が悪いと張る、時には間隔も短くなって、頸管短くなっちゃってんじゃないかと不安に耐えられず産院に電話して指示を仰いだりもした。
電話すると助産師さんが状況を確認してくれて、院長に繋いでくれたり、服薬の指示をくれる。
このあとも続いたり痛みがでるようならまた電話して、もう寝ちゃいな、と言われその言葉を聞くと安心して寝られるという、、笑


一度、張り止めを飲んでしばらくしても張りがおさまらなくて、診せに来てくださいと言われ夜中に産院に行ったこともあった。31週のとき。
その時初めてNSTをつけてもらったら5分間隔で張っていて、産まれちゃうんじゃないかと本当に肝が冷えた。
でも痛みや出血は無く、内診もしてもらい院長曰く頸管も(その時確か3.6cmくらい)子宮口もしっかりしてるからすぐ産まれそうな感じではないよ、との判断で一安心して帰宅。
通っていた産院(というか院長)は体重管理と同じくらい切迫早産の診断にも厳しいらしかったので、その見解を聞いてやっと安堵。
痩せ型は張りやすいらしい。
そのときそばに居て色々説明してくれた助産師さんが本当に優しくて救われた。激務だろうに真摯に対応してくださって、本当に頭が上がりません。

無事34週に入ったとき、37週に入ったときは本当に本当に嬉しかった。週数切り替えの日の、日付が変わる瞬間の喜びは忘れられない。
妊娠を継続する、ということの大変さを身を持って実感した2ヶ月間だった。

後期のマイナートラブル?は、お腹の張りがメインだった。張りってマイナートラブル?

あとは横になってるから鼻が詰まりやすくなったのと頭痛、そしてショートスリーパー化。
服薬もあって臨月近くになると続けて寝られるのは5時間くらいで、お昼寝でカバーしたくても30分〜1時間で目が覚める。入院日が近づくとアドレナリン出ちゃってるのかさらに眠れなくなっていった。

まあなんにしてもずっと横になってるのがかなり辛かったな…とはいえ立ってるのも座ってるのも苦しいし。楽な姿勢がない。
途中でトコちゃんベルト2を購入して毎日つけてたけどあれには本当助けられた。お腹を支えてくれるので、つけてるのとつけてないのでは全然腰回りの負担が違った。

体力もかなり落ちてみるからに手足がヒョロヒョロになってしまっておそろしい。
新生児育児と産褥期と体力回復ってどう考えても両立不可能な気がするけど、あんまり深く考えるのはやめよう😇

以上。

振り返ると、毎日祈るような日々だった。
10ヶ月間て、まじで長い。

読み直して、最後にこれを書き足している今日がいよいよ出産日。

あなたがお腹にやってきてから、冬が終わって春が来て夏が来たよ。

長かったけど、もうすぐ会える。ここまで生きていてくれてありがとう。
中でモニョモニョ動いてお腹が波打つところはもう見れなくなってしまうけど、やっと会えるんだね。

はやく会いたい。
はやく会って、触って、存在を確かめたい。
ずっと待ってたんだよ。
その瞬間、一体どんな気持ちになるんだろう。

初めて感じる気持ちや感覚が沢山あった。
全てを書き残すことは出来ないけど、記しておきたかった。忘れたくない。

母子手帳には書き切れなかった十月十日の記録でした。


おわり。

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