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『ズーム/見えない参加者』は、「Zoomあるあるホラー」の原点にして頂点である

 COVID-19によって愛しき日常生活が音を立てて崩れ始めてから1年近くが経つ。ウイルスに感染することへの恐怖は言うまでもなく、会食を止められない高齢権力者や、出鱈目を言いまくって裁判に負けまくる大国の大統領、そして現実を蝕みだした陰謀論など、”マジモンの恐怖”が蔓延りまくるいま、わざわざ映画館に出向いてホラー映画を観るということの価値は問いに付されるべきなのだろうかと考えていると、なんだか陰鬱な気分にもなるのだが、『ズーム/見えない参加者』は今日の王道的ホラー映画の快楽によってそうしたモヤモヤを一掃し、実に晴れやかな気分に浸らせてくれる快作だ。

 正直観る前は「ロックダウンで普通の映画は撮れないし、流行のZoomでも使ってホラー撮るか」みたいなノリでできてしまった急造品だと思っていたが、この失礼な予想は快く裏切られた。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』や『グレイヴ・エンカウンターズ』、『クローバーフィールド HAKAISHA』などを観ても分かるように、手ブレ感があり、視野が限定されている映像をホラーは上手く自分のものにしてきたわけで、もともとZoomのような「素人によるカメラ操作」と相性は悪くない。そのうえで本作は「Zoom」という映像装置をホラー映画史が蓄積してきた要素と巧みに融合させ、2020年特有の新しい恐怖を練り上げている。
 
 前置きはこれくらいにして、激しいネタバレはしない程度に作品をご紹介。

 舞台はロックダウン中のイギリス。6人の友達グループがZoom飲み会に知り合いの霊媒師を呼んで「Zoom交霊会」をするも、お調子者のジェマの悪ふざけがトリガーとなって怪奇現象が起こり始め・・・・・・という単純なストーリーが展開されるのだが、注目すべきは「Zoomあるある」をホラーに転化する巧みな演出だ。
 
 作品序盤では、主人公ヘイリーが開いたZoomの部屋に参加者が徐々に集まってくるのだが、ここで既に不安の種が蒔かれている。いち早く入室した参加者の一人が、二つのデバイスからログインして話すと、マイクの都合で音声が乱れてハウリングのような不快な音声を出す。これじたいはZoomを使い慣れていない人がよくやるミスなのだが、冒頭からホラーの雰囲気を湛えた画面に響くことで、怪しさを纏っている。そしてこの音は後の交霊会のシーンで霊媒師に聞かされる「交霊のための音声」に類似することで、再び観客の記憶の中で不気味に響くのだ。
 
 ヘイリーとキャロラインの背後にある扉がずっと開きっぱなしなのも不自然でめちゃくちゃ怖い。これがただのハートフルZoomラブコメだったら、「Zoom飲み会のときに部屋のドアあけっぱにするかね?」という不満のタネになるだけで済まされてしまいそうなものだが、残念、ホラー映画である。「何か出てくるんじゃないか」「急に閉まるんじゃないか」と気が気ではなく、開いたドアに視線を向けて常に怯えるしかない哀れな私は「いっそのこと何か出てきたり急に閉まったりしてくれ」とさえ思った。
 
 怪奇現象が始まっちゃってからも、Zoomならではの演出が目を引く。参加者が急に減るハプニングがその一例。これこそ「Zoomあるある」で、電波が悪いと勝手に落ちたり戻ってこられなかったりは電波弱者のZoomユーザーには日常茶飯事なのだが、落ちるタイミングの計算がホラー的に上手すぎて恐怖を誘う。
 
 こんな感じでZoom的演出はいろいろあるのだが、その中でも最も憎いのは、「マイクの音量を上げる」ものだ。部屋でおかしなことが起こったので、ヘイリーが家をまわって原因を確かめようとするシーンがある。ここであろうことか彼女は友達の要求でマイクの音量をマックスにまであげてしまう。小さな物音でも拾えるようにということらしいのだが、ちょっとした物音でも爆音で襲ってくるリスクと隣り合わせなので観客としては肝が冷えることこのうえない。「Zoomで全部やる」という映画の性質上、劇伴がないので「何かが出てきて『サイコ』っぽい音楽キーンキーン」みたいなベタなことはしない分、こういう特殊な音響の使い方をして怖がらせてくるのは特に印象的だった。

 ここまでしつこく「Zoomっぽい良さ」に重点をおいて語ってきておいてなんだが、本作の真価は、普通のホラー映画としてもよく出来ているという点にあるだろう。時勢的にZoomを”使わされている”のではなく、Zoomを敢えて使って独自の恐怖を探求しているようなところがある。ホラー映画としての強度を確かに持っているからこそ、Zoomっぽさが魅力としてきちんと立ち上がってくるのだ。
 
 まだまだ語り足りないが、読者の皆さまには絶対に劇場で作品を体験して欲しいので、ベラベラと種明かしをするのはここまでにしておく。「Zoom映画の可能性を開いている!」と言いたくなると同時に、「Zoom映画というジャンル自体ここまで作れたらお開きでいいだろう」とも思わせるような凄みのある作品であることは保証するので、ロックダウンで家に閉じ込められている登場人物達に共感できるうちに是非劇場に足を運んでいただきたい。

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