お眠り星は

サーシャが昏睡して4日目の午後
窓から差し込む光の中で舞う塵をぼんやり見ていた。
1月の吹雪の日であるにもかかわらず空は明るかった。
窓の向こうでは光の中で雪が縦横無尽に降り続き
部屋の中では塵がキラキラと光っていた。

彼の長く美しい鼻を指でなでながら、
一緒にいてくれるのならずっと眠っていてくれてもいいと思った。
ずっと思っていたことだ。
サーシャと一緒なら3万年も1億年も、記憶の残滓以下になっても
一緒にいたいと思い続けてきた。

このまま目覚めることなく死んでしまうのだろうかとずっと不安だったし
4日間殆ど眠っていなかったから居眠りをしたのだと思う。

気がつくとわたしは何もない暗い空間に立っていた。
雪のような、塵のようなものが降りはじめ
次第に自分が上昇しているような感覚に陥った。
サーシャと一緒にいることを強く感じた。
私とサーシャしかいない世界と感じた。
そこが二人の世界の始まりであり帰結する場所だと感じた。

__ サーシャは起きて歩き回っていました。
   長い尻尾を私の足にくるっとまきつけると尻尾をピンと立てて
   上機嫌な様子で私の前を歩いていきました。
   私はついていきました。
   眼の前にたくさんの揺篭が見え始めました。
   たくさんのサーシャが眠っていました。
   眼の前のサーシャだけが、たったひとり起きていました。
                  私を見つめていました。__

目が覚めると私は泣いていた。
そしてサーシャが首をあげて目を開いていた。
サーシャも目覚めたのだ。私はさらに泣いて喜んだ。
サーシャの目は見えなくなっていたけれど
そこから2週間生きることができた。
その2週間は出会った時からの12年間と同じ重さだった。

サーシャは「お眠り星」に帰ったと私は言う。
わたしのかわいい子はみんなお眠り星に帰ることができる。
あの午後見た塵の宇宙はたぶん私の心の中にある。
心の中にあってもそれは閉ざされた空間であるとは限らない。
心は形のないものだからだ。

サーシャは最後に長い指で私の人差し指をぎゅっと握った。
それがきっと合図だ。

私がほかのかわいい子たちを見送り、自分自身の肉体が消えても
あの宇宙はずっと存在するはずだ。
3億年か10億年か、もっと早くかはわからないが
またあの合図を感じたら私達はまたハートを繋げて
同じ地面で見つめ合うことができる気がする。
それは途切れることなくずっと続いていくものだと信じている。

    
   


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