白浪の蛇足

蛇足って言葉好きなんですよね、人生はいつもあの頃の蛇足なので。

なんか6月に何も考えずにショートストーリーを投稿しました。これです。

ここではこれの蛇足を書いていきます。本当に無駄です。語るべきでないことを語ります。

朝慕ラケと白浪アオ

VTuberっぽい名前を考えた時に、やっぱり駄洒落っぽいものが浮かびます。AM4:00の海を舞台に据えたかったので彼女は夜更けの海で黄昏れるのが好きということにしてしまった訳で、それなら名前もそれっぽくしようと、夜明けを意味する「あさぼらけ」を選びました。朝を慕うと書いて朝慕ラケ、めちゃくちゃピッタリで良いですね。やるじゃん自分。あさぼらけって日の出後を意味するらしいのでちょっと違うんですけどね。

さて、こういう歌があります。

世の中を何にたとへむ朝ぼらけ漕ぎゆく舟のあとのしら浪

沙彌満誓

世の中をどう例えようか。夜明けに漕ぎ出す船の跡に立つ白波のようなものだろうか。 みたいな意味らしいです。ごめんなさい全然わかりません調べました。

儚さ、みたいなものを表したこの歌が結構良かったので、ここから拝借して人魚ちゃんの方を「白浪アオ」としました。白波だと先駆者がいた。
「跡の白波」が、行方が知れなくなることという意味を持つっぽいので、最後に姿をくらますオチは決めてました。どこかで生きてるといいね。
ちなみにアオはハワイで光みたいな意味らしいです。アオハ~

誰かになれないこと

最近色んな場所で、「何者かになる」っていうキーワードをちょくちょく見ます。SNSで多数と繋がれる世界で、若い世代が何者かになれた人を直視して、成功するためには何者かになれなければならないと感じてしまう……。

すごくよく分かる心理だし、実際自分もこの強迫観念にとらわれています。
朝慕ラケは等身大の学生で、自分の空虚感に悩んでいる。そうして空の心に入ってきた明るい光を一生懸命に手繰り寄せて生きている。きっとみんなそう。

輝かしいものを観ることは、毒でもあり薬でもあると思います。
何者かに憧れて身を焦がす反面、自分を前に進めるのもその輝きだと思います。だから、現代に生きる人にとっては必要不可欠だし、同時に目にしたくないものでもある。今作ではそれが「白浪アオ」という存在でした。人魚という唯一無二のステータス、歌という武器、底抜けに明るい性格。朝慕ラケの中身とはまるで真逆の彼女は、憧れと劣等感の対象として文句のないものでしょう。

わたしたちは多分これから永遠に毒か薬かわからないものの服用を繰り返しながら生きるしか無いのかななんて思ったりします。それでもきっと翻弄されることは悪いことではないだろうし、おかしなことでもないって言いたかった。

この文章は公開直後に書いたはずなのですが3ヶ月くらい放置されてました。でも、今でも白浪~はすごく好きな作品です。今でも読み返しては「こういうのが欲しかったんだよ!」ってなってます。深夜テンションで書いた話だったので後半の駆け足感はありますが。

バーチャルの肉体をかぶり、ただだらだらとゲーム配信を垂れ流してきた2年間も、この作品で報われた気がします。朝慕ラケ、どなたかに託したいくらい気に入っているのでデザイン起こしたいですね。伸びないことが約束されてるみたいでなんか申し訳ないことになりそうなので願望にとどめておきますけど。


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