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僕がはじめた「smallkitchens」の軌跡① 〜起業してから「obento」が始まるまで編〜

自己紹介

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(↑昨年の検証でお弁当を販売していた新宿御苑前駅付近にて)

このnoteを開いていただきありがとうございます。
株式会社Gifukuru代表の箕浦恒典(みのうらひさのり)と申します。
神奈川県育ち、小学校1年生から高校3年生までずっとサッカーをやっていてポジションはキーパー。青学の経済学部経済学科で4年間を過ごす中で起業に興味を持ち、昨年1月から会社を立ち上げ今に至ります。

このnoteを書くにあたって

去年検証してきた事業を次のフェーズに進めるにあたり、どういうサービスなのか知っていただきたくnoteを書いています。なにかわかりづらいところや気になるところがあればお気軽にコメントいただけると嬉しいです。

それではいきます。

smallkitchensの始まり

下の添付noteに詳しくは書いてありますが、

僕が事業を通してやりたいことは、

半歩踏み出す人を増やすこと

そのために、「やりたいことが明確にあるのに挑戦することに躊躇している人の背中を押すような」「何がやりたいのか・何ができるのかわからずにいる人のきっかけになるような」事業をしたいという考えをもとに全てがスタートしました。

自分のやりたいことがより明確になった小さなピボット

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そんな想いをもとに、実は初期はデーティングアプリ事業をしようとしていました。2018年の9月から構想を始め、2019年の1月から開発などを始めた事業でしたが、結局2019年の2月に入るころに事業領域を変えようと決めました。理由は一つで「半歩踏み出して欲しい人が誰なのか」が明確になっていなかった点です。

0→1の事業開発は決して生半可な覚悟ではできないことを感じ始めていた時期で、はじめに書いたことが理由で起業した僕にとって、今後訪れるであろうハードシングスを乗り越えるためにモチベーションを保つには「サービスの利用者は誰か」ということが僕にとって意味あるものでなければ厳しいだろうなと感じ、そこがとても重要であることが実際にやってみてわかりました。

身近にいた半歩踏み出して欲しい人

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(↑2009年に姉が描いた、僕が好きなことはなんでもやらせてもらっていたことがよくわかるの絵)

そんなこんなで次の事業領域を何にするか家のリビングで考えていた時、こたつでノートを開きその横に電卓を置き、ペンを片手になにやら計算している母がいました。

何をしているのか聞いてみると、将来コロッケ屋を開業するための必要費用や原価などを計算しているとのこと。ただ、その内容を聞いてみると初期費用の高さなどにびっくりしました。飲食店の廃業率が他の業界と比べ高いこともなんとなく耳にしたこともあったし、大丈夫かなと思ったのが正直なところでした。母も同じ考えでノートに書き出してみたはいいものの、実際にやれるかはわからないなあというのが本音でした。

ただ、小さい頃から何不自由なくやりたいことはやらせてくれていた母が考えている「やりたいこと」は実現して欲しいし、なんとかもっといい方法でうまくサポートできないかと考え始めました。

偶然でしたが、目の前に「半歩踏み出して欲しい人」がいたのです。そしてこの瞬間がsmallkitchens構想の始まりでした。

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(↑考え事をするにあたりよく行っていた地元の海岸。2019年2月16日にここでsmallkitchensの構想が固まった)

「obento」時代の幕開け

今の「smallkitchens」は「食堂で誰でも1日から自分の料理を提供できるサービス」ですが、一番最初は「obento」という「誰でもお弁当を1日から販売できる」サービスでスタートしました。

お弁当にした理由は、

①料理が得意な人の料理を食べてくれるのは誰だろう
②ランチ難民というランチに困っている人がいるらしい
③調べてみると働く人のランチカテゴリ1位は「購入したお弁当」らしい
④だったら料理が得意な人が作ったお弁当は売れるだろう

というごく単純なものでした。

どんなお弁当が現場では売られているのかを調べるためにいろんなランチ現場に足を運び実際にお弁当を購入して食べたり、食べてる人にインタビューしたり、お弁当箱はどれがいいのかなど合羽橋道具街に見に行ったりしてイメージを固めつつ、そんな中始めて母に試作してもらったお弁当がこちら↓

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自作したハンコを押しただけのお弁当箱でしたが意外といい感じになり、中身も見た目も味もいい感じでなんかいけるんじゃないかとものすごくワクワクしていたのを覚えています。

2月下旬から動き出したこのお弁当事業でしたが、3月に上記のような視察や試作、食品衛生責任者の資格取得、保健所の衛生許可のある作成場所や販売場所の手配を済ませ、なんとか4月から販売を開始できることになりました。

販売開始。なんとか動き始めたobento

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(↑2019年4月13日販売初日with母 @御成門付近のシェアオフィスにて)

小さなトラブルは起こり続けてはいたものの、お弁当の作成場所や販売場所を提供してくれた方やそこに繋げてくれた方、サービスなど本当にいろんな方の協力のおかげで晴れて4月13日になんとか販売初日を迎えることができました。

当日は朝3時に家を出発し5時〜11時でお弁当を作成し、11時半からお弁当を販売しました。販売場所を提供してくれた場所の担当の方が事前に集客をしていてくれて、販売直後から一気に10個ほど売れました。(自分の事業で初めてお金をいただいた喜び、お客様への感謝、その方が領収書を求められたのに準備できておらず渡せなかったことへの後悔は忘れません、、)

初日の売上は30個作って売れたのが25個。
本当にいろんな方の協力、そして購入してくれたお客さんのおかげでなんとかobento事業が形になり、動き始めました。

obentoが始まり、見えてきた課題

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4月は初回含め以下の添付写真のように合計4回販売をしました。

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(↑母の友人の主婦Nさんと作っていただいたお弁当)

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(↑友人の知り合いの料理人Mくんと作っていただいたお弁当)

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(↑友人の料理家アシスタントWさんと作成していただいたお弁当)

初期の訳も分からない中やっていただいた作り手の方には感謝してもしきれません、、全部食べましたがどれも本当においしかったです。そして食べるたびに、おなかだけでなく心も満たされる体験を毎回しました。加えて、お客さんからも毎回「前回のお弁当が美味しかったよ」と声をかけていただけるのが本当に嬉しかったです。

作り手もめちゃくちゃ大変だけど楽しいと感想をくれて、母だけでなく料理が得意で半歩を踏み出して欲しいと思える作り手にその言葉をいただけただけで、それまでの苦労が報われた思いがしました。

そんな中、問題もいくつか明らかになってきました。

とにかくまずは、このobentoという仕組みがあることで作り手と食べ手が価値を感じてくれるかどうかを知りたかった僕は、赤字にならないようにだけを意識して販売をしていましたが、販売のためにコスト(特に大きいコストとしては、神奈川県の自宅から毎回車で都内に行くことで発生する交通費と、販売場所を借りるための費用)が多くかかることが問題点でした。

少しずつお客さんがついてくれていたとはいえ、作成して販売できるお弁当の個数が限られていて、売上の上限があるため、このコストに関する二つの問題が解決されなければ永遠に赤字の未来が見えてきました。

僕がはじめた「smallkitchens」の軌跡② 〜公道に飛び出す編〜へ続く


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