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映画『BAD LANDS』の感想(ネタバレあり)

 社会構造や政治の問題のグロテスクさを描きつつ、その底辺で少しでも今日よりいい明日を夢見て支え合うきょうだいのもがきを描く。主人公きょうだいは犯罪組織で詐欺に関わっている。序盤描かれる振り込め詐欺の過程を描く場面は、犯罪ではあるがお仕事映画のような楽しさがしっかりあって見ごたえあった。
序盤までの弟のジョーの描かれ方は、愛嬌はあるけどバカで厄介者でしかない人物としか思えない。そのため物語の推進力となる事件が起こった時、最初は姉のネリの選択に納得がいかなかった。しかし段々ときょうだいの背負う背景が明かされていくに連れて、二人の絆や行動原理が理解できるものとなった。その背景の明かされ方も、サラッとセリフで言われたり、過去が壮絶すぎてこっちが湿っぽくなりそうになったら変な音を出したり変なギャグでそのムードをブチっと断ち切るところもよかった。そうすると主人公の不憫さに同情することによるカタルシスを感じさせてもらえない分、こちらは余計に気持ちが混乱し、揺さぶられた。
ネリの人生に焦点を当てればフェミニズム映画としても面白く、クズな男たちからずっと暴力を受け搾取され続けてきたネリの最後のシーンはものすごく開放感があり、どこまでも走り抜けて行って欲しいと思った。あのシーンは『お嬢さん』の中盤の草原を走り抜けるシーンを思い出した。
その点でいうと、ジョーが最後にとった行動は、自分の女を取られたことに対して怒り、暴力を振るうというよくある有害な男性性の発露と重なってしまいそうだが、この映画はそれを回避しているように思う。その理由はいわゆる「かわいそうな被害者」ではなく淡々と強く生きるネリの人物像とか、男性的な競争だけではない関係を他者と築けるジョーの性格とか、ジョーの行動の動機の描かれ方に起因するのではないか。ジョーは、ネリがマンダラを選んだことに嫉妬はするが、いざマンダラと対面すると礼儀正しく挨拶をして、敵対するのではなく仲良くなってしまうのである。ネリの幸せのためにジョーができることがあれしかないということもとても悲しい。また動機だが、ネリに社長がしたことに対する怒りを発散するためではなく、ネリの今後の幸せのためであるということがわかる。
最後にジョーの人物像でもう一つ付け加えたい。最初、愛嬌はあるけどバカの厄介者だという印象を受ける。そしていざ最初の殺人の場面になると、震えあがって逃げ出す。こちらが「ほらやっぱり雑魚だった」となめていると、別の場面では躊躇なく人を殺して見せ、あまつさえ相手が関係ない一般人であってもだ。そのギャップが、ジョーのサイコパスっぷり、どこかがどうしようもなく壊れてしまっているということを表現していてすごいと思った。後に出てくるいとも簡単に殺人をこなす様子から、最初に震え上がった様を見せていたのは、相手と真っ向勝負してもかなわないと瞬時に判断しての演技だったのかと思うとジョーという人物の底の知れなさが感じられた。
次どうなるのかというハラハラさせる展開、演出で長尺でもずっと楽しめる映画になっている。ギャグが多少好みが分かれるかもしれないが、とても面白かった。


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