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胎児マッチング

「そうです、あなたのお腹に特殊な装置を接続します。そしてその胎児に産まれてくる世界、未来を見せます。親の収入、容姿、性格、知能、人種、世界情勢や平均寿命、そしていつか必ず訪れる死について、胎児にも理解できるように特殊な音波を送信します。すると、胎児の側から返答があります。単純なYESかNOで返ってきます。YESだったらそのまま産んでください。NOだったら堕胎します。どうですか?」

マッチングアプリの紹介にやってきた男は淡々と話したあと、理解する間もなく問いかけてきた。

「それをする必要はどこにあるんだ」

妻の手を握りながら私は当然の質問をした。

「いい質問ですね!こちらはマッチングアプリになっていますので、お子さんの側からだけではなく、
親の側からも産まれてくる子供を選ぶことが可能です。例えば、お子さんの将来の職業、性格、容姿などをアプリで予測して産むか産まないか選ぶことができます。」

営業の男は満面の笑みだ。

「産まない親なんかいないと思いますけど」

「それが親のエゴなんですよね、産みたいが先行して、産まれてくる子供のことを全く考えていません。もし胎児がNOでそれでも産むのであれば、我々は警察を呼び、強制出産罪で逮捕されます。レイプと同じです。」

「じゃあ、マッチングアプリを使わないとどうなる?」

「このマッチングアプリはいくつかの先進国から始まり、今や世界中で普及しています。しかし、未だにアフリカのいくつかの国ではマッチングなしでの出産が見受けられます。その国では貧困と犯罪が街中に広がり、親子に渡って薬物中毒だったり、識字率が著しく低かったりしますよ。でも日本においては一昨年に制定された胎児法および出産拒否権によってマッチングアプリを使わない選択肢はなくなりました。」

「子供だって産まれてきたいと思っているはずよ」
私は何も言わずに妻の手を強く握った。

「じゃあ、始めてみましょうか、すぐ終わります。」

営業の人間がマッチングのための機械を妻の腹に取り付け、パソコンの画面を見ている。

私は息を飲んだ。

「返答が返ってきました。」
営業の男はパソコンの画面を見せた。
胎児から返ってきた返答はNOだった。
少しの間病室は静寂に包まれた。

「それでは堕胎しましょう。マッチング不成立です。」

私は反射的に妻を抱き上げ、病院の廊下を走った。なんだマッチングって、なんだ堕胎って。私たちには子供を産む権利がある。子供の幸せな顔を見る権利があるんだ。

私は妻を車に乗せ、遠くへ走った。
数時間走った後、妻は車内で物凄い声をあげながら出産した。
男の子だった。
私も妻も、笑顔で泣いていた。
「産まれてきてよかったね」
「幸せにしてあげるからね」
産んでよかった。私たちはそう思った。
車の後ろからはサイレンの音が、車内には子供の泣き声が鳴り響いていた。


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