「見送る扉」第七場

■第七場
    その翌日。アオのアパート。午後一時。
    空腹のアオは、冷蔵庫や戸棚の中をゴソゴソと見てまわるが、食べられそうなものはない。思わずため息。
アオ 「‥ま、いいか。ダイエットになってちょうどいい。」
    そこに、スマホの着信音。相手の名前を確認して嬉しい表情に。電話を取る。
アオ 「美里ちゃん。久しぶりねー。元気してる?。」
美里 「先輩、ほんとお久しぶりです。いきなりの電話ですみません。」
アオ 「先輩はもうやめてよ。もう何年前の話よ。‥今でも舞台、続けてるの?。」
美里 「はい、おかげさまで、次に舞台立つ日も、だいぶ迫ってるんです。」
アオ 「へー、そうなんだー。いつから?。できればわたしも行くよ。」 
美里 「ありがとうございます!。ところで、その舞台も関係することで、ちょっとお願いしたいことがあって。‥今からそちらにうかがってよろしいでしょうか?」
アオ 「え?、‥大丈夫よ。お願いって何?。お金が無いのならお互い様よ。」
互いに小さく笑う。
美里 「お金じゃないです。でも、電話ではちょっと言いづらいことなので、すみませんけど、ご自宅にうかがわせてください。」
    ‥‥約一時間後、美里はアオ宅に着き、扉をノック。アオは、美里を笑顔で招き入れる。恐縮しながら入る美里。
美里 「これ、うちの地元の特産品なんです。実家からいっぱい送られてきちゃって。よかったら召し上がってください。」
アオ 「ご丁寧にありがとう。‥あら、お饅頭?、いや嬉しいー。今日の晩御飯にさっそくいただくわ。」
美里 「晩御飯にそれですか?。」
アオ 「いや、今月苦しくってさー。お米もろくにないのよ今。」
美里 「それだったら、もっと持ってくればよかったです。」
アオ 「いいよいいよ。半分冗談だから気にしないで。で、何?、お願い?。」
美里 「はい。‥今度わたしが出る舞台の衣装で、‥演出からは、黄色のワンピースでお願い、って言われてるんですけど、‥わたし、買えるお金持ってなくて。どうしようって青くなってたら、先輩がその色のを持っていたこと思い出して。」
    アオは動揺する。
美里 「すみません。確かすごく大切にされているものですよね。やっぱ、お借りするのはまずいですよね‥。」
アオは、葛藤する。できれば人に貸したくない。でも、美里の願いも無にできない。
アオ 「‥大切に使ってくれる、よね?」
美里 「もちろんです!。公演終わったら、すぐクリーニングしてお返しに来ます。」
アオ 「わかった。‥かわいい後輩の頼みだからね!。しょうがない!。」
アオは、箪笥から、大切に畳まれているワンピースを取り出す。少しの間、それをじっと見ていたが、思いを振り切って勢いよく美里に差し出す。
アオ 「ほんと、大切に使ってね。あ、でも演技は思い切りやってね!。そうでないと、貸した意味ないから。」
美里 「先輩!、本当にありがとうございます。」
    美里は、ワンピースを取り出し、広げる。
美里 「うわー、やっぱかわいい!。」
アオ 「サイズ合わなかったら、丈を調整してね。」
美里 「はい、衣装経験長い子がいるので。しっかり原状回復して、お返しします。」
美里は、手早くワンピースを畳みなおし、持参のトートバッグに入れる。アオは、平静を装う。
アオ 「時間ある?。お饅頭頂いたことだし、お茶いれようか?。」
美里 「大丈夫です。今日これからすぐ最終稽古なんです。」
アオ 「あ、‥そう。」
美里 「先輩、本当に恩にきます!、ありがとうございました。失礼します!。」
    美里は、急いでアオ宅をあとにする。アオも慌てて美里を玄関まで見送る。
    美里が去った後、アオは後悔の表情。
アオ 「‥意固地、なのかなやっぱり。貸せない、ってきっぱり言った方が、楽になれるのかな。」

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