「見送る扉」第五場

■第五場
翌週の稽古。まだ開始時間前。室内にはエリ、コーイチ、ギーヤン。個々に稽古の準備(ストレッチや、台本読み等、自由)。そこにアオが入場。
アオ 「おはようございます」
全員 「おはよう!」
エリは敏感にアオの変化を察して、いぶかしむ表情。アオは荷物を置き、身支度を整えて、ストレッチを始めようとする。
エリ 「いつものネックレス、どうしたの?。」
アオ 「え?。」
エリ 「ヴァンドームの、お気に入りのやつ。」
アオ 「ああ、‥売っちゃった。‥いやー、今月ついつい無駄遣いしすぎちゃってねー。‥、それよりさ、映画の話。」
ギーヤン 「おー、それそれ。どうだった?、大丈夫だった?。」
アオ 「うん!。映画のプロット、とてもしっかりしたものだった。それに社長の横水さん、とても説明が丁寧で、人柄もよかった。どんなときでも他人を思いやれるって感じの人かな。価値観合いそう。」
エリ 「そうなんだ。よかったー。でも、まだ信頼しちゃだめよ。猫かぶりかもしれないから。」
アオ 「はいはい、ありがとうね。」
コーイチ 「ところでアオ。さっきエリとも話してたんだけど、‥雄平、お前んとこ訪ねてこなかった?。」
アオ 「‥雄平?。」
コーイチ 「覚えてない?、高校のクラスメイト。ポストに手紙、‥というより紙切れだったけど、伝言が置いてあったよ。」
エリ 「わたしのとこにも来てたの。なんか、お金貸してほしいー、って内容で。いきなりすぎて、びっくりしちゃった。」
ギーヤン 「へー、そんなことあったんだ。で、貸したの?」
エリ 「貸せるわけないでしょ。‥銀ちゃんは知らないから無理ないけど、‥あいつ、退学してさ‥。」
ギーヤン 「何で?」
エリ 「薬。覚せい剤。学校内で販売もしてた。」
ギーヤン 「ひえ!、ガチだな。」
エリ 「悪い人じゃなかったんだけどね。ちょっと意思弱くて、流されやすかったから。今度のも薬絡みに違いないよ。」
コーイチ 「ということなんだよ。アオのとこにも来るに違いないから、気をつけてね。」
    アオは無言。コーイチ・エリとも目を合わさない。
コーイチ 「どしたの?。」
アオ 「‥実はね、ウチにも来た。‥貸した。」
エリ 「‥は?。‥うそ!。‥‥いくらよ?。」
アオ 「‥二十万。」
呆然とする周囲。アオは、平常心を装って、ストレッチ。
エリ 「‥何に使うって、言ってた?。」
アオ 「言ってくれなかった。でも、困ってるみたいだったから。」
エリ 「あなたって、‥いったい何をやってるのよ!!。使う理由も言えない人に、そんな大金貸しちゃって!。」
※ギーヤン 「絶対その金、薬に消えてるぞ!。あーあ。」
※コーイチ 「いくらなんでもそこまで。‥せめて俺らに相談してくれよ!‥。」
    アオは、ストレッチを中断して、エリを見る。
アオ 「来週返すって言ってた!。わたしは、それを信じる!。」
エリ 「相手はヤク中よ。まともに約束守るわけないじゃん!。なんで信用できるのよ。‥(ため息)。あんたおかしいよ。映画のことしかりさー。‥あれね?、映画のことで私たちが色々言ったから、意固地になってるんじゃない、ねえ?。‥(ため息)こんな調子じゃ、さっきの映画の話もどこまでか、怪しいもんだわ。」
アオ 「意固地って何よ!。バカにしないでよ!。わたしにだって考えがあるのよ!。‥わかりもしないで。」
そこに空気を読まず、大杉がのっそり入ってくる。
大杉 「おつかれー。」
アオは、憤然として、自分の荷物を全部持ってその場から出ていく。エリ・コーイチ・ギーヤンはあっけにとられる。
大杉 「おいアオ。セリヌンティウス!。稽古は!?。」
    大杉は、わけがわからず呆然。三人は驚愕ののち、沈黙。
エリ 「‥どうしよう?。‥どうしよう?。‥言いすぎちゃった。」
ギーヤン 「俺たちもそうだよ。抱え込むなよ。」
エリ 「わたし、心配だったから、言ったはずなのに、傷つけちゃった。‥でも、わかんない。どうして、あんなに人を信じることに拘っているんだろ。‥‥セリヌンティウス、教えてよ。あなたはどうしてそこまでメロスを信じることができたの?。まかり間違えば、死んじゃうのにさ‥。」
大杉 「‥稽古始めてる、‥わけじゃないよな?。」
コーイチ 「スギさんすみません。ちょっと今日は失礼いたします。」
    コーイチは自分の荷物を持って稽古場から走り去る。
エリ 「スギさん、わたしも!。すみません!。」
     速足で稽古場から走るエリ。
     残された二人。気まずい沈黙。大杉は苦笑。

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