「見送る扉」第十三場

■第十三場
    前場から翌日の早朝。ギーヤンのアパート。ギーヤンは慌てて、部屋に散乱しているごみを捨て、散らかった物をしまっている。
    エリ登場。暗い表情で扉をノックする。ギーヤンは玄関に走り、覗き穴からエリの顔を確認して、扉をあける。
ギーヤン 「突然来る。って言ったから、びっくりしたよ。汚くて悪いけど、入って。」
    エリは無言でうなずくと、ゆっくり部屋に入り座る。ギーヤンも、エリの向かいに座る。
エリ 「銀ちゃん、ゴメン。‥‥騙された。‥お金みんな取られちゃった!。」
    エリの表情がみるみる崩れる。
ギーヤン 「え?、えー!?。エリちゃん!。ちょっと、ちょっと。」
    下を向いてすすり泣くエリ。ギーヤンは、エリの傍に来る。肩を抱こうとして遠慮する。エリは涙を拭う。
エリ 「チケット料振り込んだ直後から、聡と連絡取れなくなった。電話もLINEも。それで劇団に連絡してみたら、‥そんな公演打つ予定はないって。」
ギーヤン 「何それ!?。詐欺ってこと!?。ウソだろ、‥彼氏さんなんだろ?」
    エリは、それには答えず、下を向く。
エリ 「ごめんね。こんなことになって。」
ギーヤン 「そんなに泣かなくていいよ。‥‥悪いのは向こうなんだろ。エリちゃんがそんな苦しむことないよ。」
エリ 「違うよ。わたしが泣いてるのは、‥銀ちゃんに申し訳ないから。」
ギーヤン 「だったら、なおさらだよ。俺はエリちゃんを信じてやったことだから、後悔はないよ。」
エリ 「でも、わたしは、信じたあなたを裏切った。」
ギーヤン 「だから違うって。裏切ったのは向こうだろ。‥実は、本当のこと言うとさ、嬉しかったんだよ俺。エリちゃんがアオやコーイチでなく、俺にチケットのこと相談して。‥俺のこと頼ってくれたのが嬉しくて。」
エリ 「ごめん!。ゴメン!。本当のこと言う!、言うから!。‥‥銀ちゃん、わたしのこと好きでしょ?。」
ギーヤン 「えあ!?、‥それは‥。」
エリ 「わかってたの、わかってたから。‥あなたならどこまでもわたしを信頼してくれる。協力してくれるとわかってたから。だからわたしは、‥あなたを利用したの、利用しただけなの。そういうひどい女なのわたしは!。」
   そう言ったエリは、全身の力が抜け、床に突っ伏してすすり泣く。ギーヤンはショックで表情が固まる。しばしの沈黙のうち、ようやく口を開く。
ギーヤン 「‥それは、‥ちょっとかなりショックだなー。‥うん。」
エリ 「わたしを責めて!。ぶってもいい。何されてもいい。わたしを軽蔑して!。嫌いになって!。‥そうでないとわたしは‥。」
ギーヤン 「ぶったら、‥‥ぶったらさ、‥エリは、‥どうなんの?。‥ひどい女で、なくなる、の?」
    エリは涙をふいて呆然とギーヤンを見あげる。
ギーヤン 「俺がぶっても、‥それでエリの気が済むだけだろ。ひどい女のままだよ。‥それよりさ、どうしたら自分がひどくなくなるのか、‥どうしたら泣かずにいられるのか、考えるべきじゃない?。‥‥、あれ?、俺、結局エリを責めてるかな?。でも、‥どこで間違った俺?。」
    エリは、ぷっと浮き出す。
エリ 「こんなときに笑わせないでよ‥。」
ギーヤン 「俺は、エリの笑顔が見たいんだよ。どんなときでも。」
    お互いに、顔を見つめる。エリは目をそらし、に下を向く。
    ギーヤンは、しおらしくなったエリを抱きしめたい衝動に駆られるが、できない。
ギーヤン 「‥あー、おなかすいたな。‥朝食まだだったらさ、マック行かない?。」
エリ 「‥ダメ。駄目だよ。」
エリはよろよろと立つ。
エリ 「お金ないんだからさ。‥わたし何か作るよ。」
エリはさっさと冷蔵庫を開く。
エリ 「何これ?、アイスと麺つゆしかないじゃん。」
ギーヤン 「だからさ、朝マックしようよ。俺、マックのホットケーキとソーセージが好きだから。」
エリ 「えー、太るぞー、それ。」
    ギーヤンは聞かずに、立ち上がって玄関の扉を開け、エリを促す。仕方ないなー、という表情で、エリも立ち上がり、扉に向い、背を屈めて靴をはく。
    ギーヤンは無意識にエリに手を伸ばす。エリも無意識にギーヤンの手を握る。二人とも握った瞬間にはっとするが、それも一瞬の事。二人ともそのまま扉をくぐり、マックに向う。
    まるで、扉が幸せな二人を見送るように立っている。

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