「見送る扉」第一場

■ 第一場
冬の日の夜。市民会館内の会議室。シンプルなデザインの長机とパイプ椅子が雑然と並ぶ。
アオ・コーイチ・エリ・ギーヤン・大杉の5人は、演劇台本の読みあわせを終えた直後。全員台本を持っている。台本の内容について考えている。大杉はペットボトルの水で喉を潤す。
アオ 「‥『走れメロス』。誰でも知っている作品を演じるっていうのは、‥やっぱりプレッシャー感じますね。」
大杉 「一度やってみたかったんだよな、セリヌンティウス視点での走れメロス。‥もしメロスが刑場に戻ってこなけりゃ、人質の自分が死刑になるっていうのに、彼はメロスが戻ることをひたすらに信じ続ける。何故そこまで?ってところを掘ってみたいんだよ。」
アオ 「信頼って、人間にとって大切なものですよね。」
エリ 「あんたは簡単に人を信用しすぎのところあるから、心配なんだけど。さっきの話だってさ‥。」
アオ 「うーん、‥でも、‥わたしたちの商売って、自分を進化させてナンボじゃない。新しい人とどんどん出会って、色んなこと吸収していかないと!。」
ギーヤン 「そのうち騙されて、痛い目にあうぞー。この世界、詐欺やハラスメントなんかいくらでもあるんだから。」
エリ 「銀ちゃんは、もうちょっとアオを見習って、他人を信用なさいねー。」
ギーヤン 「ひどい裏切りを受けた経験、ないからそう言えるんじゃない?。」
エリ 「?、どういう経験?。」
銀也 「俺は親に裏切られたんだよ!。絶対捨てないってあれだけ約束したのに。‥ウルトラ怪獣ブロマイド集500。」
エリ 「は?、何それ?。」
ギーヤン 「俺はそのとき心に刻んだよ!。親といえども所詮は他人。人を信じて生きるべからず、って!。‥あ、もちろんみんなのことは別だからね。」
エリ 「銀ちゃんに信頼されても、あんまり嬉しくないかも。」
ギーヤン 「え?。そんなこと言わないでよ。」
大杉 「‥面白いんだよな。信頼とか信用とか、誰もが日常で接していることだけに、考え方がそれぞれ違う。」
アオ 「わたしは挑戦してみたいです、それに。」
   エリ・コーイチ・ギーヤンも、無言でうなずく。
大杉 「よし。じゃあこれで行くぞ!。‥ただ、もう少し本の内容詰めたいから。来週の集合まで時間をくれ。配役はさっきやった通りな。じゃあ今日はこれで終わり。お疲れ様でした!。」
全員 「ありがとうございました!。」
エリ 「‥スギさん、この部屋まだ大丈夫ですか?」
大杉 「いいよ、予約21時までだから。あと20分くらいかな。」
エリ 「ありがとうございます。‥じゃ、アオ、さっきの話の続き。わたしは反対だからね。」
アオ 「ちょっと、ここでやるの?。」
エリ 「絶対怪しいって、その話。」
    コーイチ、ギーヤンも、話の輪に加わる。大杉は無関心。
コーイチ 「スギさん、ジュエリー・ハーブ、っていう制作会社、ご存じです?」
大杉 「ん?、‥ああ。昔は結構な勢いで映画出してたな。でも、何年か前に会社畳んだって聞いたけど。」
ギーヤン 「その今は存在しないはずの会社からアオに、映画主演女優のオファーが来たんですよ。怪しいでしょ。」
    大杉は無反応。稽古疲れで、椅子にだらしなくもたれて、目を閉じる。
アオ 「でも電話くださった方は、横水徹さんという方で、確かにそこの社長さんなんです。」
ギーヤン 「名前騙ってるかもしれないぞ。それに横水本人も、あまりよくない噂があるしな。」
アオ 「‥噂は、ただの噂でしょ!。犯罪起こしてるわけじゃないし。‥その噂の方こそ、根拠があるものなの?。」
コーイチ 「‥ギーヤンは、お前のこと心配して言ってんだよ。エリだって、もちろん俺も。」
    アオは不服な表情。
エリ 「‥わかった!。これはあんたの話なんだし、私たちに止める権利はないし、‥本当だったらすごい話だもんね。‥でもこれだけは約束して。お話しする場所は、ちゃんと人目につくところでやるって。」
    アオは、うなずく。
コーイチ 「やっぱり、俺ついていくよ。話する場所に。」
アオ 「ありがとう。でも最初から相手を疑ってかかりたくないの。‥大丈夫。変なところ付いていかされそうになったら、相手蹴飛ばして逃げてくから!。」
   アオは陽気に、相手を蹴飛ばす真似をする。

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