「見送る扉」第九場

■第九場
    前場から2週間後の午前。アオの自宅アパート。大家が来て、玄関でアオと話している。
アオ 「本当にすみません。」
大家 「いやね、わたしも驚いてるんですよ。田中さん、家賃滞納したこと、今まで一度もなかったから。何かあったんじゃないかって。」
アオ 「それは大丈夫です。ただお金が‥。すみません、もう少しかかりそうでして‥。」
大家 「そうなの?、大丈夫?。‥まあ田中さんからは敷金も頂いてるしね。どうにもならなかったら、そっち充てるから。でも、来月分は、できるだけきっちりお願いしますね。」
アオ 「はい、わかりました。なんとかします。‥本当にすみません。」
大家 「いや、こっちこそすまないね。また連絡しますね。それじゃ。」
アオは大家を見送ると、玄関のカギを閉めて、居間に戻り、深い嘆息。
アオ 「雄平。どうしちゃったのよ、もう‥。」
    アオは、いらいらして、落ち着かない。何かお金になりそうなものはないかと部屋の中を歩きまわり、戸棚等を開けたりするが、めぼしいものはない。
    そこに、美里が訪ねてくる。暗い表情でトートバックを肩にかけている。手に大きなバンドエイドを貼っている。玄関をノックする。アオは、突然の来訪にびっくりしたが、覗き窓から美里の姿を確認すると、笑顔で扉を開ける。
アオ 「美里ちゃん!。突然だから、びっくりしたー。あ、返しにきてくれたんだね。そっか、舞台、無事に終わったんだね。まー入って。」
    美里は固い表情で、居間に入る。
アオ 「今、お茶いれるから、少し待っててね。」
美里 「先輩!。‥ごめんなさい!‥。」
    美里は、トートバッグからワンピースを差し出す。一目見てわかるほど大きく損傷し、汚れている。アオは、目まいで腰がよろける。
美里 「大事に使ってたんですけど、‥わたしのせいなんです。申し訳ないです。‥大事なものって聞いていたのに。あれだけ聞いていたのに。‥もちろん弁償させていただきます。」
アオ 「‥‥、舞台は、うまくいったの?。」
美里 「はい、これ、袖にはけるときに引っ掛けて転んだ時のもので。それがこの衣装でのラストだったので、その後には影響なかったです。」
アオ 「そう、‥それはよかった‥。」
    アオは、ようやく、ふらふらと美里のもとに歩み、傷ついたワンピースを受け取る。無残な様を見て、改めて胸がしめつけられる。
美里 「先輩、弁償します!。これ、どこの店で買えますか?。」
アオ 「‥‥いい。‥このワンピース、もうこの型のはどこに行ってもないと思うし。‥それにわたしも、これ着る勇気がずっとなかったからさ。‥そのままずっと仕舞われているより、最後に衣装で活躍できて、この服も本望よ。」
美里 「本当にいいんですか、せめてお金だけでも。」
アオ 「‥後輩からそんなもの受け取れないって。そんな高いものでもないだろうし多分。気にしなくて大丈夫。」
美里 「本当ですか、先輩。」
    アオは、動揺を懸命に隠して、うなずく。
美里 「先輩、本当に申し訳ございませんでした。‥あの、お茶はいいです。失礼いたします。」
    一礼して、早足で去る美里。アオは見送らない。ずっと、ワンピースを見ている。涙が、こぼれる。鼻水をすする。気持ちを落ち着けようと、ワンピースをたたみ、お茶を飲もうと台所へ向かい、急須を手にとるが、手が震えてやめる。
アオ 「どうしたのよ、わたし。どうしてそんなに悲しいの?。」
    コーイチの顔が頭に浮かぶ。涙があふれ出る。
    しばらくして、スマホの着信音。アオは涙と鼻水をぬぐい、気を落ち着かせてからスマホを取る。
アオ 「お待たせしました。お疲れ様です。横水さん。」
横水 「田中さん、お疲れ様です。今大丈夫ですか‥。ちょっと待たせてしまってすみません。この前の話の続きをさせてください。主要なキャスティングと、スケジュールの概案を作りましたので、見ていただきたいなと。あと、スポンサーの方ともご挨拶いただければと。」
アオ 「そうですか。わかりました。お待ちしていました。いつ頃打ち合わせしますか?」 
横水 「明後日の夜は、空いてますでしょうか?、ご飯でも食べながら、ゆっくりお話しできればと‥。」

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