「見送る扉」第六場

■第六場
6年前。アオ・コーイチが大学の頃。2月。夜。アオとコーイチが公園のベンチに座っている。
アオ 「あーあ、明日はドイツ語のテストかー。詰んだ!。」
コーイチ 「だから、スペイン語選択しとけ、ってあれほど言ったのに。」
アオ 「イッヒ、ハイセ、アオ!(ドイツ語で「私はアオです」の意味)。一年勉強して、これだけしか覚えてないよー。しくしく。」
    アオは、コーイチの肩に頭を乗せ、甘える。コーイチはぎこちなく笑う。そして周りに人がいないのを確かめる。
コーイチは、ゆっくりとアオの肩に手をまわす。
コーイチ 「あのさ、‥長かったテストも、明日で終わりで、一息つくだろ。その後、‥ウチに遊びにこない?。二人で打ち上げ会やろうよ」
    アオはびっくりして、コーイチを見る。
コーイチ 「いい?。」
    アオは、圧されたようにうなずく。コーイチは、微笑み、立ち上がる。
コーイチ 「俺、これから英語の補修があるから。じゃあ明日ね!。」
    コーイチは意気揚々と去る。アオは固い表情。
    ‥‥翌日の夜、コーイチは自宅のアパートでアオを待っているが、来ない。コーイチはアオに電話。アオは、家でぐったりとしている。
コーイチ 「‥やっとつながった。まだ来ないの?、‥なんかあった?」
アオ 「ゴメン。‥どうしようもなく怖い、どうしても足に力がはいらない‥。」
    コーイチはため息をする。
コーイチ 「またそれ?。前も同じこと言ってたじゃん。‥ちゃんと病院行った?。」
アオ 「‥行ってない。」
コーイチ 「どうして?。」
アオ 「‥‥。」
コーイチ 「行ってくれないと、俺たちずっとこのままだよ?。」
アオ 「‥ゴメン。」
コーイチはアオの体調を疑う。
コーイチ 「そんなに俺のこと、信用できない?。」
アオ 「そういうことじゃない。‥わたしの気持ちもわかって。」
    コーイチは、小さく舌打ちする。うんざりした表情。
コーイチ 「そうやって、いつも自分のことばっかり。‥そーだよ。俺は信用ならない奴だよ。夜に家呼ぶなんて、やること決まってるしな。」
アオ 「お願い、わかってよ。‥一応女の子なんだからさ。」
    コーイチはため息をつき、イライラする。プレゼントのリボンがついた、黄色いワンピースの包みを取り出す。
コーイチ 「女、女。‥女っていつもそういう言い訳用意してて。って、王子様が現れた途端に、自分から腰振る生き物だからな。」
アオ 「!、ひどいよ。」
コーイチ 「黄色いワンピース!。アオが欲しがってたやつ!。昨日買って、手渡ししたかったんだけど、‥郵送する。‥じゃ、さよなら!。」
アオ 「ちょっと!。待って!。」
   コーイチは冷たい表情で電話を切る。呆然とするアオ。
   ‥現在に戻る。稽古の場を飛び出したアオが、自宅のアパートで呆然としている。コーイチが、アオの自宅アパートに来て、扉をノックする。アオは、覗き窓でコーイチの顔を確認すると、招き入れる。居間で向かい合わせになる二人。
アオ 「‥ごめんね。大事な稽古放り投げちゃって。あとでスギさんとみんなにも謝っておく。‥‥でもわたし、意固地になってたかな?。‥昔のわたし、コーイチのこと、みんなのことも、疑ってばかりで、いくじなしで、弱くて。それでいろんなもの失くしちゃって。‥そんな自分が嫌で、変わろうとした。それだけなのに。」
コーイチ 「みんな、アオのこと心配してるんだよ。」
アオ 「心配って何?。コーイチも雄平がお金を持ち逃げすると思ってるの?。‥どこにそんな根拠があるって言うの?。雄平に会ってもないくせに。」
コーイチ 「雄平どうこうじゃないよ。アオが無理してるから、心配してるんだよ。二十万なんてお金、たとえ一時貸しただけでも、相当な無理だろ?、家賃も食事代も出せなくなるじゃないか。」
アオ 「‥バカにしないでよ。それくらいの蓄えは、あるよ。」
コーイチ 「そんなわけないだろ。」
    アオは黙っている。コーイチはアオをどう扱えばよいのか、迷う。
コーイチ 「大学の時のことは、俺が悪かったんだよ。あれは言葉の暴力だった。‥知らなかったんだよ。そんな辛いことがあったなんて‥。何度も俺、謝ったじゃないか?。どーしたら許してくれるの?。」
アオ 「とっくに許しているよ。あのときのことは、わたしも悪かったと思ってる。だから変わろうとしているんじゃない。‥でもね、コーイチ。だからって、二人がまた昔に戻れるかどうかは、別の話だよ。」

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