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燧ヶ岳の蝶、キベリタテハ、キアゲハ、クジャクチョウ

8月14日、尾瀬の御池から燧ヶ岳を目指す。広沢田代を通り、熊沢田代に着くと傾斜湿原が広がり池塘の間に設置されたベンチが見えてくる。
先客がいるようなので息をひそめて近づいてみると、高原の貴婦人キベリタテハ(黄縁立羽)で、これほど間近で見られるのは稀だと思った。
深みのある小豆色をした翅表は傷ひとつない状態で、つい此の前に羽化したような美しさだ。クリームイエローの外縁や瑠璃色の斑紋も印象的だ。

ベンチの上のキベリタテハは、翅を広げたり閉じたり向きを変えたりして、私が隣に座っても飛び立つことはなかった。 ©nishiki atsushi
ベンチの横の池塘に青空と白い雲が映り込む。朝の静寂が心地よい。 ©nishiki atsushi

石の転がる涸れ沢を登り、8、9合目を越えてようやく俎嵓(マナイタグラ2346m)に到達すると、目の前に燧ヶ岳の最高峰、柴安嵓(シバヤスグラ2356m)が聳え立っている。

俎嵓から尾瀬沼を見おろす。水面には霧が湧き立ち、遠くの日光白根山は雲に隠れている。 ©nishiki atsushi
燧ヶ岳は5峰が居並ぶ山の総称だが、日光白根山の中腹から見る燧ヶ岳は美しい双峰(柴安嵓と俎嵓)に見える。(撮影 2024.07.05) ©nishiki atsushi

俎嵓山頂付近にはオクヤマアザミ(奥山薊)が咲いていて、キアゲハ(黄揚翅)が吸蜜していた。私が休息している間、キアゲハは岩盤に翅を広げて日光浴をしたり、頂上付近を敏捷に横切って見えなくなったり、いつの間にか舞い戻って来たりした。

翅の紋様が岩に同化する。 ©nishiki atsushi
アザミの花で吸蜜するが、落ち着かない様子ですぐに飛び立つ。 ©nishiki atsushi

俎嵓山頂の岩を見ていて一瞬驚いたことがある。
──尾瀬沼を背景に《岩怪獣》が顔を出している!

岩に書かれた赤い文字「→ヌマ」は、尾瀬沼への道標。同時に《岩怪獣》《ヌマ》の存在を知らるサインとみなす。 ©nishiki atsushi

長英新道を下り尾瀬沼へ向かう。
途中にはマルバダケブキ(丸葉岳蕗)の見事な群生地があり、複数のクジャクチョウ(孔雀蝶 peacock butterfly)が軽やかに飛んでいた。

クジャクチョウは亜種 geisha(芸者)とされていて、花の黄色の上では、翅表の深紅色と翅先の目玉模様が一段と際立っていた。 ©nishiki atsushi

奥日光の千手ヶ浜にもマルバダケブキの群生地があり、そこではクジャクチョウの吸蜜行動は一度も見たことがなかったから、不思議で尊い光景のように思えた。

奥日光のマルバダケブキは、ヨトウガ類の仕業なのか、大きな丸い葉がほとんどが虫食い状態になる。(2024.08.02 撮影 奥日光) ©nishiki atsushi

長い山道を降り、裾野のオオシラビソ林を抜けると浅湖湿原に出る。ここでは数羽の真っ白なシラサギが目に映った。

チュウサギだろうか? 多分、小魚を探している。 ©nishiki atsushi

大江湿原に到着すると、ヤナギラン(柳蘭)が柔らかなマゼンタ色で湿原と尾瀬沼を彩っていた。

背が高いヤナギランは下から咲き始める。遠い昔、奥日光のスキー場にも群生していたが鹿の食害で絶滅した花だ。奥日光にも尾瀬にも鹿の侵入防止柵がある。 ©nishiki atsushi

大江湿原では、イワショウブやサワギキョウ、ワレモコウ、ツリガネニンジン、コバギボウシ、オゼトリカブトなど様々な花が咲いて、ついつい長居をしてしまう。

イワショウブ(岩菖蒲)は満開だった。緑の湿原に白いアクセントをつけて咲き、夏の終わりを感じさせる。 ©nishiki atsushi

大江湿原ではキアゲハの幼虫が、ミヤマシシウド(深山猪独活)の果実になりかけた赤紫色の花序に潜んでいた。尾瀬のキアゲハは、セリ科のシシウドなどを食草にして世代を繰り返している。平地の畑ではセリ科のニンジンの葉などを食べている。

キアゲハの終齢幼虫は、このような独特の色合いで目立つ。©nishiki atsushi
最初の幼虫は黒いゴミか鳥の糞のようだ。©nishiki atsushi
脱皮するとこのような色合いになり、これは白い花に紛れ込む効果がありそうだ。そして、最後には派手な縞々模様になる。©nishiki atsushi

何回か脱皮を繰り返し、その度に綺麗な色合いになる。美しく生まれ変わるためのプロセスを踏んているようだ。黒い幼虫が、最後には蛍光色のような黄緑色と黒色の縞々になるのは、逆にそこに鳥や厄介なハチ類を避けるための特別な仕組みがあるのかもしれない。

大江湿原は雨に煙り始めた。可愛い幼虫が蛹になり無事にチョウになることを祈りながら、尾瀬沼と三本松を振り返る。


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尾瀬国立公園に聳え立つ百名山、燧ヶ岳と至仏山と会津駒ヶ岳。名峰のそれぞれの特徴を調べて登ってみよう!

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