第二話「下克上」

「来いと言われたら」
「会いに行く」

 九月三日、求被道くぴど高校の好一対こういっついが幕を上げた。
 俺とハツネは純白教場じゅんぱくきょうじょうに飛ばされていた。

「一昨日もそれ言ってたけど、何の意味があんだ?」
「じゃんけんでいうところの、最初はグーみたいなものヨ」
「じゃあ、もう始まってるんだよな?」
「もちろん」
「一人落としゃいいんだよな?」
「そうヨ」
「んじゃ、俺は実葉みばさん倒してくっから、ハツネは倒されないようにだけしてろよな」
「ちょっと!うちより弱いくせに何言ってんの!」

 初戦はクラスメイトである実葉 ショウと剛田 醍醐ごうだ だいごのバナチータッグ。タッグでの推定順位は47だ。
 二人は恋人関係にある上に、俺たちよりもイロコイが高く、言葉通り下克上である。

「実葉さん、悪く思わないでくれよな」

 俺の狙いは実葉さん…のスカートだ。
 何色のパンツかな。黄色かな。
 ハツネの時と同じように、攻撃をすると見せかけ、スカートに手を伸ばした…が、ひらりとかわされてしまう。

「簡単には見せてくれないか」
「転入生の七々億ななおくくんにやられるわけにはいかないからね」

 かわされたものの、俺は実葉さんの着地地点を予測して走り出した。

「転入生なんて関係ないね。俺はとっとと生徒会長になるんだよ」

 実葉さんは驚きを見せた後に、口角を上げた。

「そんな希望、へし折ってあげて」

 実葉さんしか見ていなかった俺の元へ影が忍び寄っていた。影は次第に大きくなり、俺を飲み込むほどになった。
 気づいた時にはもう遅く、肥大化した二つの腕が申に降りかかる。

「友達なのに、ごめんよ」

 謝罪とともに振り下ろす腕に慈悲はなかった。

「あれ?」

 醍醐の腕が当たることはなかった。金色こんじきの髪を揺らす美少女が、醍醐の腕を蹴り一つで止めていた。

「会長になりたいのは、うちもそうだし、みんなも一緒。うちと申はそれまで共闘するだけの関係だからネ」

 ハツネはもう片方の足で醍醐の腕を蹴り返した。

「でも、一人でいると、強くなれないんだろ?」
「会長の席は一つだけだから」

 俺は左の拳をハツネに差し出す。

「そこまで二人で駆け上がって、それから決着つければいいだろ。恋愛だのなんだのよくわかんねぇけど、俺はハツネを好きになる自信がある。根拠はないけど。だから、ほんの少しでも、一ミリでもいいから、俺に惚れてみろよ」

 ハツネはため息をつきながら、仕方なさそうに右の拳で応えた。

「カッコ悪いこと言ってる自覚あんの?」
「そんなやつの告白に答えたハツネもカッコ悪いってことになるぜ?」
「そうかもネ」

 距離をとっていた両タッグが、今度はまとまって立ち向かう。
 前々から関係を築いていたバナチータッグと同等、いや、それ以上に俺たちは息の合った動きを見せていた。

「圏外と最下位の力、見せてやろうぜ!」

 一方を餌食にし、そこを狙ってきた相手を叩く戦法のバナチータッグを倒すには、そうさせないことが重要だ。
 だから、あえて俺は実葉さんを延々と追い続けることにした。

「実葉さん、逃げ足速いね」
「喋る余裕があるなら、ギアあげてもいいってことね」

 実葉さんはさらに速度を増して逃げ出した。呼応するように、醍醐の動きも機敏になり、俺を狙ってくる。
 これこそが俺たちの狙い。俺は視線で指示を送ると、ハツネは醍醐の腕ではなく、足に蹴りを入れた。
 死角からの攻撃に加え、腕を振り下ろした勢いで宙に浮きながら回転し、そのまま、地に体を打ち付けた。

「醍醐くん!」

 醍醐を心配した実葉さんは、一瞬だけ隙を見せてくれた。

「下克上…完了」

 俺は実葉さんの首を掴んで、地面に押しつけた。
 人並外れたスピードで地面に叩きつけられた実葉さんと醍醐は同時にダウンした。

 狙いの読めない行動をとる俺と、ハツネのピンポイントで入れる蹴りの相性が見事に合い、初戦を勝利で飾った。

「まずは一勝。んで、あと何回勝てば会長とやれんだ?」
「学年でトップになるのに5回、各学年のトップと戦うから2回、そこから生徒会との戦いになるから、あと11回勝てば会長戦かな」
「えーーーーーーー、長すぎないか?」

 俺は絶望に満ちた表情を浮かべた。

「それほどすごい地位なのよ。見返りも割に見合ってるし」

 俺たちは純白教場から教室に戻された。直後、実葉さんが走って俺たちの元にやってきた。

「え、いつから二人はそんな関係に?転入してきた日?あ、そういえば一緒に帰ってたもんね」

 実葉さんが目を輝かせながら、俺とハツネの手を握り、早口で話し始めた。

「つい…さっき、かな?」
「あ、二人の息がぴったりに重なった時あった!あんな時に告白かぁ…」

 実葉さんは妄想を膨らませ、一人で楽しんでいた。

「最下位だからといって、甘く見ていたわけじゃないけど、それにしても強いよ、二人は」

 醍醐が素直百パーセントの瞳で言う。

「ありがとう。二人はもう終わりなの?」

 醍醐が首を振った。

「敗者復活っていう救済処置があるんだ。これから僕たちはそれに向けて、イロコイを育まないとね」

 そう言って、二人は去って行った。

「ショウでいいよ、申くん!」

 実葉さんだけ戻ってきて、俺の耳元でそう囁いた。

「明日もあるのか?」
「ううん、中一日開けるから、次は明後日。それと、週に二回行われるヨ」
「んじゃ、ゆっくりできるな。俺は帰って休むとするよ」

 俺は体を伸ばして、大きなあくびをした。そんな俺のシャツをハツネが掴んできた。

「生徒会長になって、噂が本当だとして、申には蘇らせたい人がいるの?」

 俺は顎に手を当て、悩むフリをした。

「もらえるのは権利だろ?持ってて損はないし、面白いことに使えそうじゃん?」
「そんなんでうちとタッグ組んでくれたの?」

 俺はしっかりと頷いた。
 だが、もちろん嘘だ。俺には愛していた人がいた。向こうがどう思っているのかわからないが。わからないまま、ノラネは命を落とした。
 人を蘇らせることはこの世の理に反しているかもしれないが、ノラネの想いを聞けないと思っていた俺に舞い込んできた光だ。なんとしてでも掴んでやる。
 ハツネは掴んでいたシャツを、さらに強く引っ張ってきた。

「ん?まだ何かあるのか?」
「本当に、本当に好きになっても、いいんだよネ?」
「なんて?」

 弱々しく、震えた声は、申には届かなかった。

「な、何でもないわ、バカ!」

 ハツネの顔に近づけていた申の耳は、家に帰るまで機能を停止させられた。
 言い切ったハツネは寂しそうな背中で帰って行った。

「俺はとんでもないやつを好きになろうとしてんのかもな」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?