第三話「最初で最後」
今日はイロコイザタもないし、ゆったりと、のんびりと、落ち着いて、リラックスできると、門をくぐるまでは思っていた。
「あ、来たぞ」
「スーパー転入生だ」
「転入早々に勝利を収めるなんて、2人目だぞ」
「噂では感情測定、オールゼロだったみたい」
「な、何者なんだ?」
何か…注目されてる…?
注目を気にしながら、俺は教室へ向かった。
なぜか俺の席にはハツネが座っており、何やらご立腹な様子。
昨日の別れ際もおかしかったし、とりあえず謝っておくか。
「すいませんでした」
俺は腰を三十五度曲げ、頭を下げた。
「何が?」
ハツネはこっちを見ずに、問い詰めてくる。
「んーと、騒がせてしまって?」
「嬉しいんじゃないの?」
「え?」
「チヤホヤされて、持ち上げられて、チヤホヤされて、女の子からも見られて、チヤホヤされて」
チヤホヤされていることに嫉妬してるのか?そうだとしたら、めちゃめちゃかわいいやつだぞ?
「嬉しくないと言えば嘘になるけど、逆に気持ち悪いっていうか…」
「ふーん、そっ」
ハツネは自分の席に戻って、窓の外を見始めた。
「ハツネ、今日の放課後って…」
「忙しい」
何かしてあげられる時間すらもらえない。せっかく、昨日勝てたってのに、これじゃ明日の好一対もどうなることやら。
その日、何度かハツネに声をかけようとしたが、邪魔が入ったり、女子トイレに逃げ込まれたりで、言葉を交えることはなかった。
不安定のまま、好一対の二回戦が始まろうとしていた。
「そんな状態で戦えんのか?」
「…」
ハツネの不機嫌は直っていなかった。
「姫の機嫌をとるのが、王子としての務めですよ」
「誰だ、あんた」
「えー…対戦相手なのに…ま、いいでしょう。僕は2組の猫弐拳 蛮。同じく2組の猫弐摩 タタビ姫をお守りする王子であります」
「姫を守るのは衛兵とか騎士とかじゃねぇのか?」
「守りたいものを守る。それが男としての役目なのです」
「蛮、私は守られなくてもいいって言ってるでしょう。自分自身で戦いたいの」
「ですが、万が一にも、ご尊顔を傷つけられては…」
「蛮に守られるほど、私は弱くありません」
「こっちもこっちだが、向こうも向こうだな」
ハツネに対して言ったつもりだったが、何も返ってはこなかった。
ハツネは腕を組んだまま、立っているだけだ。
「コホン、では、そろそろ始めるとしますか。どちらが姫を守れる王子であるか、守られる姫であるか」
息を吐くと、蛮の目つきが変わった。
「来いと言われたら…」
「…」
「あ、会いに行く」
ハツネが言うもんだと思っていたが、かけ声すら言ってもらえず、俺が言うことに。
なんかこれ、小っ恥ずかしいな。
開始早々、推定順位30のネコタッグはハツネを狙って飛び出した。いくら機嫌を損ねてるからって、やすやすと攻撃を喰らうわけ…
「二回戦に上がってきても、最下位は最下位ですわね」
「僕たちは猫一族の攻めには、さすがの王子も動けずじまいだったようですな」
ネコタッグはハツネの腹あたりを、×印に切り裂いた。
間に合わないと思ったから、ハツネなら防げると思ったから、ハツネならなんとかしてくれると思ったから。言い訳が次々と生まれてる頭を思いっきり振ってから、追撃を仕掛けようとするネコタッグとハツネの間に入った。
「遅い到着ですね」
「ヒーローは遅れてやってくんだよ」
「手遅れになってから来ても、無駄ですよ」
倒れそうになったハツネだが、なんとか持ち堪えてくれた。しかし、無防備な状態で受けてしまったため、まともに動けないでいる。
「大丈夫か!ハツネ!」
「…」
「ご立腹なようですわね」
俺はハツネの辛そうな顔を見た。痛いとか、負けそうとか、そういうのではなく、不安からやってくる辛さを浮かべていた。
「俺がまとめて、倒しゃいいんだろ。やってやんよ、かかってきな」
ネコタッグの戦法は二対一という有利な状況を作り、一人を的確に落とすというものだ。
好一対においては、パートナーを守ることが重要視されているため、一人がダウンした時点で、勝敗が決まる。どちらか一方が強くても、弱くても、勝ち進むことはできない。
ネコタッグは休む暇を与えることなく、息の合った連携で俺を切り裂きにくる。
「き、効いていない…?」
確実に攻撃は当たっているのに、感触はあるのに、傷一つつかない。
初めは防ごうとしていたが、効かないとわかってからは突っ立っているだけだった。
「なんで効かない攻撃ばっかしてくんだ?」
ネコタッグは俺から距離をとった。
「姫、どうしましょう」
「ここは臨機応変に、彼の注意を引きつつ、隙を見つけて相方を狙いましょう」
「一体、彼は何者なんですかね」
「コソコソやってんなら、こっちから仕掛けるぞ」
俺はネコタッグに向かって走り出した。警戒し始めたネコタッグは、距離を詰められないように、一定の間隔を保ちつつ、隙を探る。
「逃げんな!こんにゃろ!」
ネコタッグを追いかけるということは、ハツネとの距離も開いていくことになる。
「姫、今ですぞ!」
一緒になって動いていたネコタッグは、二手に分かれた。
ただただ追いかけることに必死になりすぎた俺は、周りを見ることができなくなっていた。
タタビはハツネを狙って、切り裂く。気づいた時には遅く、瞳には倒れていくハツネが映った。
振り返って、背を向けていたところを、蛮に切り裂かれたが、俺の体は傷つかず、返って蛮が切り裂かれていた。
ハツネと蛮の両者が倒れたが、時間差で俺たちの敗北という形で二回戦は幕を閉じた。
教室に戻っても、沈黙は続いた。
静かな空気に流れてきたのは、鼻をすする音だった。
「ごめん…」
ついに、ハツネは口を開いた。
「私が…私のせいで…」
俺はハツネの頭を抱え、胸に寄せる。
「いや、俺がハツネのことを見失ったせいだ」
「…ぐすん、もう、負けたくない…」
ダムが崩壊したように、ハツネは涙を流し始めた。
「ああ、負けるのは最初で最後にしよう。なんか気分が沈むし、むしゃくしゃする」
俺はハツネの頭を優しく撫でる。
「俺はもう、ハツネから目をそらさないし、はなさない」
ハツネは落ち着いたのか、すぐに泣き止んだ。
「あ、それとさ、ハツネ…」
「なに?」
ハツネは鼻の詰まった声で口を開いた。
「俺たちにもタッグ名、欲しくないか?」
転入早々、タッグを組むことになった俺たちを表す名前はもちろんなかった。
「えーと、じゃあ…」
ハツネは、ずずず、と鼻をすすりながら、俺の顔を見ずに、小指を見せてきた。
「リトル…タッグ…」
「意味は?」
「77億分の…1の…奇跡…」
「いい名前じゃん」
俺は微笑みながら、小指で応えた。
申とハツネ、改め、リトルタッグは敗者復活戦へと、気持ちを新たに再スタートを切る。
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