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税制改正大綱・予算案を“我が事”として考える

日経CNBC、朝エクスプレスのゲスト・トーク・コーナー「マーケット・レーダー」。毎週金曜日は「我が事(わがこと)マクロ経済学」と銘打っています。主にエコノミストなどにお越しいただくことが多いコーナーです。このコーナーを重ねるにつれ、改めて分かりにくかったり、何となく他人事に思えてしまう経済や政策の動き、ニュースの中に、他人事にしてはいけないものがたくさんあると感じています。“全部自分事!”と大声を上げたい気持ちに折々なります。さて、12月25日(金)のゲストは第一生命経済研究所の副主任エコノミスト、星野卓也さん。テーマは「2021年度税制改正大綱(そして予算案も含めて)の評価と課題」で、まさしく他人事にしてはいけないテーマ(でも決して分かりやすくはない)でした。そのエッセンスをまとめました。

税制改正、コロナの痛みを支え前向きな投資を促す

星野さんは、21年度税制改正大綱の大きなポイントを「コロナで傷んだ経済を和らげることと、デジタルやグリーンなど新しい分野への投資を促すこと」ととらえています。具体的には下の表のような柱。一番上の「DX投資促進税制(新設)」から3つ目までが、まあ大づかみに言えば新しい分野への投資を促すポイントです。もちろんこの中にもコロナ禍による痛みを和らげる要素も含まれてはいます。そして、「所得拡大促進税制」。コロナによる失業の急激な悪化を食い止めるべく、一定の雇用者を増やした事業者には税制上のメリットが得られるように設計されています。

21.12.27 税制改正主な内容IMG_0231

106兆円当初予算、実はそれほど膨らんでいない!?

こうした税制上の方向性を踏まえたうえで、政府は12月21日(月)、2021年度当初予算案を決定しました。日本経済新聞の22日付け朝刊の見出しは「来年度予算案 最大の106兆円――脱炭素・デジタルで成長」です。中面では「財政運営綱渡り」などと解説しています。ちなみに朝日新聞は1面で「106兆円予算案 借金拡大」とあり、また別の面では「膨張予算歯止めなし」などと解説記事を掲載しています。ただ、星野さんの見立てでは、実は「予備費の5兆円を盛り込んだところは最大の特徴だが、それほど目新しい内容が増えているわけではない。ある意味では財政規律は守られているところがある」といいます。例えば、表で明らかなように公共事業は減らしていますし、2019年の消費税率引き上げの時に盛り込まれた税率引き上げ対策の2兆円積み増しも、(約束通り)なくなっている――。一方で、この予算案決定の直前には「73.6兆円の経済対策」を掲げており、政府・与党が規模感を大事にしている点もうかがえます。このあたりをどう考えればよいのか――。

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背景には補正予算・15カ月予算の常態化

一つのカギがこのところ常態化している補正予算です。本予算では計上しきれなかった追加的な予算を計上するものですが、20年度も主にコロナ対策などとして第3次補正予算まで組まれています。そしてその補正予算と次年度の本予算を切れ目なく執行していくといった意味で用いられる15カ月予算。星野さんの解説によれば「財政当局としては本予算に盛り込むものは継続的な支出となりやすい傾向があるためになるべく抑えたい。一方、対策の規模感をアピールしたり、いろいろなところからの支出要望を盛り込むために補正予算に押し込まれやすい」といいます。いわば政治折衝の道具として本予算と補正予算が使い分けられているわけです。補正予算の方が国会や国民の目は届きにくい面は否めないですし、また本来は継続的に投資していくデジタルやグリーンといった分野に関する予算もとりあえず補正を使って大きく見せているようなところもあり、注意が必要です。

“菅カラー”はデジタル・グリーンなどに

そうした注意点ははらみつつも、星野さんは21年度の税制改正大綱や予算案について、「“菅カラー”を映し前向きな投資を打ち出したもの」としてポジティブに評価できる面があるといいます。安倍政権の時代までは投資といえば、インフラ投資、国土強靭化などが目立っていたのに比べると、コロナ禍が加速した面があるにせよ、現政権の大きな特徴と言えそうです。

資産移転・退職所得の見直しが積年の課題

さて、改めて税制改正大綱と予算を眺めて、課題として考えるべきポイントは何か。星野さんは①「資産移転の促進(高齢者マネー活用)」と②「退職所得税制の見直し(労働市場の流動化)」を挙げます。

20.12.27 今後の課題IMG_0235

①について、日本では資産の多くが高齢者に偏り、相続が起きてもそれが高齢者に留まる「老々相続」といった現象が起きています。生前贈与などを促し、若い世代に資産が移転していくことを促さなければ、なかなか日本のマネーは活性化しません。②もう一つの労働市場の流動化。これからの日本社会を活性化させていくうえで、あるいは菅政権が掲げる前向きな変革を進める上で、労働市場の流動化は避けて通れない課題だと思います。しかし、現実には日本の平均的な企業の退職金制度は長く務めるほどに有利な設計になっており、また税制もこれを後押しする状態が続きます。これらのポイントは今回の税制改正大綱でも課題、宿題として明記されており、またここ最近はずっと宿題のままになっています。

相続に比べて捕捉や課税が簡単ではない贈与の促進には課税当局からみた難しさがあるといいます。また、おカネ持ちからおカネ持ちへと贈与が促進されるだけでは「格差の固定化」という難しい問題もはらみます。一方、②の「退職所得税制の見直し」にしても退職者にとっては大切な老後資金ですから、この点に切り込むことは政治的にも簡単ではなさそうです。課題は課題。しかし一筋縄ではいかない面があります。それは確かにそうなのですが、とはいえ、「資産の偏在」や「硬直的な労働市場」は、どう考えても、日本経済が抱える根本的な問題点だと感じます。

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