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“NISA円安論”を憂う

円安が止まらない。原因は? 市場のことだから、ひとつだけが理由ということはないのだが、的外れな指摘は困る。そうした思いで、6月20日(木)の朝、日経CNBCの番組、朝エクスプレスで「“NISA円安論”を嗤う(わらう)」とコメントした。その後もいろいろな人の意見を聞いて考えているうちに、「嗤う」は適切ではない、「憂う」べき話だと思い直した。

「嗤う」に込めたのは意地悪な気持ち……

元々のタイトルである「嗤う」に難しい漢字をあてているところには、少し意地悪な気持ちを込めていた。このところ、こうした調子の記事が多いのだが、「どうも的外れに思えてならない」のだ。
◇6月17日電子版「家計の円売り、はや前年上回る 新NISAで1~5月5.6兆円
この記事の主旨は、新NISAで個人の海外投資が拡大。それは円をドルなどの外貨に換えることになり、毎日毎日の円売り、外貨買いが円安につながっているといった流れ――。

その少し前にはこんな記事も。
◇6月4日電子版「円売り是正、難敵はオルカン」
“オルカン”はご存じ三菱UFJアセットマネジメントの全世界株式インデックス投信、“オルカン”のことだ。財務省が介入したり、日銀が金融政策タカ派姿勢をちらつかせたりしているけれど、そこに立ちはだかるのがオルカンに代表される個人の海外投資。それにより円安の流れが止まらない……。

衰えない新NISA以降の資金流入

確かに今年1月の新NISAスタート以降、衰えることなく投資信託に資金が流入しているのは事実だ。かつての制度改正時と比べても、流入が続いている、一向に衰えないのは今年の大きな特徴だ。

◇投資信託の最新事情「各NISA開始年の月間資金流入額」
(QUICK資産運用研究所の調べ)

1月以降も流入はむしろ加速!

そして、“オルカン”であったり、米国株式インデックス投信だったり、それにとどまらず海外株投信に資金が相当に向かっているのも事実だ。5月末時点の投資信託の純資産残高をランキングでみたのが以下の表だ。
(QUICK資産運用研究所調べ)

投信の純資産残高上位には海外ものがずらり

それはそれとして、6月20日に“嗤う”とコメントしたのは、それが円安を加速している?主因?為替介入の難敵になっている? 強い違和感を覚えたからだ。
 
単純な計算だが、最初の記事にある通り、1月から5月までの累計で投信や資産運用会社経由の対外証券投資は5兆6000億円強に上る。ひと月20日強として1日に直すと500億円みたいな規模のおカネがドル買いに向かっていることになる。ところで、為替市場の規模は1日どれくらいか?7-8兆円だ。貿易、ヘッジ、スワップ様々な取引が交錯する。もちろん個人のFX取引も……。
 
NISA→海外投資を円安の主因、“犯人”扱いするのはいくら何でも筋が違うのではないか。まあ、新しいいおカネの流れでもあるし、積み立て投資が多いから、じわじわと円安になりやすい要素が浮上してきた――。くらいならばまだ理解はできるのだが……。
 
ここからはさらに嗤ってはいられない話だ。僕も日本人のひとりとして税制優遇制度NISAを使った投資が、かなり海外投資に向かっていることについては、一定程度残念な気持ちはある。しかし、紹介した「難敵オルカン」の記事には、識者のコメントとして「NISA税優遇の対象は国内資産に限定するなど検討したらどうか」などと寄せられている。これは正直言ってかなりおかしな話だと思う。
 

歓迎すべき国際分散投資の流れ


Amazonのサービスやアップルの製品を買ったら、それは確かに富が海外に流出しているわけだが、投信のおカネは投資だ。絶対もうかるとは言わないが、もうかった利益は日本の投資家が利益を得ている。そのおカネで消費に回ったりして国内に還流される。経済の活性化にもつながるだろう。それより何より、これまでなかなか進まなかった国際分散投資の流れが本格化していること自体は歓迎すべきことだ。

日本企業、日本株投信の魅力向上を!

 
NISAであれ、それ以外であれ、個人がどこに投資するかはそれぞれの考え方次第だ。新NISAの初動が海外投資一辺倒になっていることについて、個人的に残念な気持ちはあるけれど、それは日本の企業や日本株の投資信託に魅力が足りないからではないのか?
 
そして、実際にそう思っているのだが、日本企業は以前より魅力的になりつつあるし、割高さがつきまとう海外株に比べてまだまだ割安だ。また、日本人にとって厄介な為替リスクを比較的考えなくてもよい資産でもある。「一定程度は海外投資」「一定程度は国内投資」という考え方が、普通にあり得るのではないかと思う。
 
「嗤う」から「憂う」に修正した気持ちは、自分なりに整理すると二つだ。一つは“新しいストーリー”に飛びつき、それを繰り返してしまうメディアや識者の見識を憂う。二つには本質の議論から目を反らすことで、間違った方向に政策や規制、そして投資行動が誘導されてしまうことを憂う。
 
このテーマについて僕からみて真っ当な意見を述べている識者やエコノミストはたくさんいる。ひとつ、6月27日(木)のメディア向け勉強会で発言があったBNPパリバ証券チーフエコノミストの河野龍太郎さんのコメントを紹介しておく。
 
「新NISAに関して日本株投資枠を別途設けるべきといった意見もあるが、そうした優遇措置頼みの発想が日本経済の競争力を損なってきた。10年に渡る異次元緩和の真の副作用として(金融政策の機動性に制約があることを市場に見透かされ)円安が進行しているのではないか」
 
繰り返しになるが、市場のことだから、円安の原因、主因がどれか一つということはない。足元の話で言えば、日米の金融政策の方向性の違いがもっとも大きなポイントだろう。しかしより長期的な視点で考えたときに「嗤っている場合ではない。憂える事態だ」と感じ、反省し、この文章を書いている。


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