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論点15 コロナ下で生まれる新しい消費と流通

田中 陽(編集委員)

 百貨店や高級ブランドショップが立ち並ぶ東京・銀座界隈。その街並みはいつものようにきらびやかだが、店のなかに入ると、景色は一変する。店の入り口では、マスクとフェースシールドを装備した店員が、来店客の手のひらにアルコール消毒液をスプレーで吹きかけ、検温装置で体温をチェックする。売り場にも、いたるところに足跡マークがあり、ソーシャルディスタンス(社会的距離)を取ることが求められる。

論点15写真

(銀座4丁目の交差点を行き来する人たちを見守る、マスク姿のライオン像)

 一瞬にして需要を「蒸発」させてしまった新型コロナウイルスによって、それ以前から業績不振がささやかれていた企業は相次いでとどめを刺された。米国では、百貨店のニーマン・マーカスやJ・C・ペニー、アパレル専門店のJクルーやブルックス・ブラザーズが経営破綻に追い込まれた。日本でも訪日外国人客需要に支えられていたメガ百貨店が窮地に立たされている。かつて世界最大のアパレル企業だったレナウンは5月に民事再生法の適用を申請し、法的整理となった。

■「世界観」を伝えられるかがカギ

 コロナ下の消費のキーワードは「世界観」だ。経済活動がコロナ前に比べて7割の水準にある「7割経済」のなかでは、所得の伸びは期待できない。消費することへの明確な意義づけや意味がなければ、支出には回らない。商品やブランドが醸し出す世界観や価値を正しく伝えられるかが重要となる。

 回復の糸口をつかんでいる企業もある。春以降、ファッションの発信地では新型コロナによってリアルなショーの開催が中止され、空白の期間がしばらく続いたが、その空白を見事に突き破ったのがラグジュアリーブランドのグッチだ。

 2020年7月中旬、イタリア・ミラノで開かれた「デジタル・ファッション・ウイーク」でグッチは12時間ぶっ続けのストリーミング配信を決行。そのもようは同社の公式サイトのほか、インスタグラムやユーチューブ、ツイッター、中国最大のSNS微博(ウェイボ)を通して伝えられた。再生回数は8月までに約4000万回と業界最多を記録したという。

 リアルなファッションショーは限られた時間のなかで、モデルが歩くきらびやかなランウェイに焦点を当てるが、グッチがインターネットを駆使して発信した情報はまったく違った。バックステージにいるスタッフのショーの成功にかける意気込みや、モデルとの対話などといった人間もようを重層的に映し出し、ショーのコンセプトや世界観を切り出すことに成功した。

■深化するネットとリアルの融合

 世界最大の小売業、ウォルマート。全米にある約4700店それぞれの半径16キロメートル圏内に米国民の9割が住んでいる。ウォルマートはこのリアルな近さを生かそうと、ネットと実店舗の融合を進めている。ネットで注文して店舗で受け取れる。あるいは、注文したものをウォルマートの従業員が宅配するのだ。

 8月に行われた20年5-7月期の決算発表ではダグ・マクミロン最高経営責任者(CEO)が「ウォルマート+(プラス)」と名付けた新サービス開始を明らかにした。「迅速で、より便利な配送や店舗受け取りのサービスを備えたものになる」という。

 新サービスは年会費制(98ドル)で、生鮮食品から日用品、家電などすべての取扱商品を対象に手数料なしで即日配送などのサービスが受けられる見通しだ。

 世界でいち早くロックダウンを経験した中国では「ライブコマース」というマーケティング手法が注目を集めた。生中継のテレビ通販のようなもので、ネットを使うため双方向のコミュニケーションが可能で、視聴者からの問い合わせにもダイレクトに答える。

 上海のショッピングセンター「新世界城」は、3月8日の国際女性デーに終日SNSでライブコマースを実施した。テナント約60店の販売員が入れ代わり立ち代わり商品を説明したほか、ショッピングセンターのアトラクションやレストランなども紹介した。

 この日の動画は約3万人に視聴された。同センターに出店する資生堂も美容部員らがライブ配信に参加し、1時間で約70万円を売り上げたという。資生堂は、中国での成功を参考に7月から伊勢丹新宿店でライブコマースを始めた。

 アリババグループの百貨店「銀泰百貨」では、コロナ禍で営業ができなくなっていた全国約60店に勤める約5000人の販売員がライブコマースに挑んだところ、一部の優秀な販売員は1回のライブコマースで150万円を売り上げたという。

 ライブコマースの舞台はリアルな売り場だ。そこからネットで商品説明を行い、双方向のコミュニケーションを取る。そして注文がスマートフォンを通して店頭に伝わる。「O2O(オンライン・ツー・オフライン)」という販売方法は、非接触購買のモデルになるだろう。

■生活感、どこまで変わるか

 新型コロナによって消費変容が起きているのは間違いない。国は日常生活にまで関与する「新しい生活様式」を求める。ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏は「生活感が変わった」と語るが、もっと踏み込んで言えば、人生観や死生観も変えてしまったのではないだろうか。

 「ウィズコロナ」「ポストコロナ」の時代の消費の現場はどうなるか。長く小売業の証券アナリストとして活躍し、現在は企業再生などを手がけるフロンティア・マネジメントの松岡真宏代表取締役は、「高齢者を中心に、健康なうちに人生を楽しもうとする『ハレ』と『感性』を併せ持つ消費、いまを大事にする消費が強調される」と語る。

 消費するからには、意味や意義が明確に見いだせなければならない。松岡氏が予見する中高年の消費のキーワードは、刺激、感動、希少性、非反復性、人類の歴史、先人との遭遇、他者との共有や共時性などだ。そのなかには「おそらくこれが最後」といった刹那的で多額の出費を伴う消費もあるだろう。数年前の消費の現場とは大きく異なる。

 ニューノーマルな社会は、これまでの時間軸や人生観、死生観をリセットするほどの破壊力を持ち、企業に変革を迫る。リベンジ消費で一息ついている小売・サービス企業はあるが、これまでのリアルな接客以上に密な顧客との接点を、ネットなどの仕掛けを使ってつくり出せるか。これまで以上のスピード感で、マーケティング戦略の練り直しが求められている。

▼発売中の『これからの日本の論点2021 日経大予測』の一部を抜粋、加筆・再構成した。



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