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論点6 コロナ禍で重要性増す社会保障、高所得者の負担増は不可避

文:山口聡(編集委員

 新型コロナウイルスに感染したとき、費用の心配をせずに入院や治療ができるのは、公的な医療保険制度すなわち社会保障があるおかげだ。感染拡大防止のために、仕事を休まざるを得なくなった人への休業手当も、雇用保険という社会保障がかかわる。国民1人当たり10万円の給付も、広い意味で社会保障といえる。

 支給の仕方や対象には課題も指摘されるが、社会保障がなければ、社会がより悲惨なことになっていたのは間違いない。個人では対応しきれないリスクに対して、国や自治体が中心になって社会全体で対処する社会保障制度はなくてはならないもの、という認識が高まったのではないだろうか。

 社会保障といえば、少子高齢化のなかで維持できなくなるだろうといった悲観的な見方、若い世代の負担ばかりが増えるので縮小していくべきだという否定的な意見が目立った。今後はなんとかして制度を維持していくべきだという声も増えていくかもしれない。

 維持する際の課題は、財源だ。新型コロナの問題が落ち着いたら、もしもの場合にきちんと機能する社会保障を維持していくための財源をどう確保していくのか、議論を始めなければならない。また、日本は、先進国のなかでも類を見ないほどの借金大国だ。これ以上、借金を増やさず、できれば減らしていくための新たな財源がどうしても必要だ。

 各種社会保障制度を通して国民に給付される全体額(社会保障給付費)は年間で120兆円ほどもある。金額が最も多いのは「年金」で、全体の約半分を占める。次いで「医療」が3割、「介護」が1割だ。残りの部分に生活保護や失業給付、児童手当などさまざまなものが含まれる。年を取れば働けなくなり、病気もしやすくなるので、どうしても高齢者向けの給付が中心になる。高齢者はまだしばらくは増え続ける。

論点6図表

不足する財源

 社会保障費の財源は、基本的に各種社会保険料と税金だ。現在、財源の半分は社会保険料。次いで4割ほどを「公費」すなわち税金で賄っている。残りは年金積立金からの運用益などだ。保険料は給料天引きなどで有無を言わせず徴収される面がある。問題となるのは「公費」だ。国民から徴収した税金だけでは足りずに、国債などを発行して調達した借金で賄っている。

 日本の行政は、徴収した税金だけでは収入がまったく足りていない。政府の一般会計予算のおよそ3分の1は借金で賄う状況となっている。最大の支出項目である社会保障がその原因であることは間違いない。借金は積もり積もって、国民が生み出す富の年間の総額である国内総生産(GDP)の2倍をはるかに超える水準に達している。先進国のなかでは最悪の部類だ。財政健全化、すなわち借金返済と今後も増え続ける社会保障関係費用を工面していくためには、どうみても税や社会保険料の負担は今後重くなる。

公費をどう賄うか

 公費については18年度で約47兆円投入されているものが、40年度には80兆円ほどになっている見通しだ。これだけの税金をどうやって調達するのだろう。政府の明確な言及はいまのところない。

 社会保障の費用を賄うための税といえば、まず頭に浮かぶのが消費税だ。1989年に導入された消費税だが、基礎的な消費活動は常にあるので、景気の変動は受けにくいとされる。広く税負担を分かち合えるともいわれた。

 しかし、いまでも社会保障の費用を消費税だけでは賄い切れていない。消費税だけで社会保障費を賄おうとすれば、税率は10%では足りない。とはいえ、税率をいま以上に上げていくのはかなり難しい。安倍晋三前首相が2019年7月の参院選期間中に「消費税率は10月に10%に上げた後、10年ぐらいは上げる必要がない」と口走ってしまったからだ。安倍政権を引き継いだ菅義偉首相も同じ考えだ。

 負担増の前に無駄遣いをなくすべきだとの意見も多い。社会制度の無駄は確かにある。だが、何を無駄と見るかは、見る人の立場によって異なる。無駄はなくすべきだが、社会保障費全体に影響を与え、誰もが認める巨大な「無駄」を見つけ出すのは容易ではない。「社会保障給付費は高齢者向けに偏っているので、思い切って高齢者への給付を削り、その分をより若い世代の子育て費などに充ててはどうか」といった構造改革論もよく聞かれるが、これもそう簡単ではない。

豊かな層や企業が負担

 社会保障にくわしい日本福祉大学の二木立名誉教授は、「日本の社会保障制度の歴史を考えると、社会保障の主財源は保険料、補助的財源が消費税を含む租税になる」と語る。そして「日本国民の消費税に対する非常に強い抵抗感を考えると、租税財源を消費税のみに絞るのは危険であり、所得税の累進制の強化、固定資産税や相続税の強化、法人税率の引き下げの停止や過度の内部留保への課税など租税財源の多様化が必要だ」と分析する。

 消費税だけに頼るのは難しそうで、所得や資産の多い人や内部留保の厚い企業などの負担増は避けられそうにない。世界中で経済的な格差の拡大が問題となり、新型コロナの感染拡大で格差はさらに広がった。子どもたちが未来に希望を持てるようにするためにも、社会秩序を維持するためにも、余裕のある人や企業がより負担をせざるを得ない状況となっている。コロナ対策の費用工面とは別に、社会保障財源探しは進めなければならない。

 これからの社会保障を考えるうえで無視できない、もうひとつ大事な視点がある。「人手」の問題だ。今後20年ほどで現役世代が1700万人ほど減る。一般産業でも大変だが、社会保障制度のなかの医療や介護、保育などといった分野においても人材の確保が難しくなる。なんとか負担増にこぎ着け、財源のめどは立ったものの、肝心のサービスが受けられないという事態に陥りかねない。

 こうした状況のなか、頼らざるを得ないのが外国人だろう。政府もこの方向に大きくかじを切った。19年4月から外国人労働者の受け入れを拡大するために、新しい在留資格「特定技能」を設けたのだ。しかし、この資格による外国人の受け入れは進んでいない。根本的には「これは移民政策ではない」と言い続ける政府の中途半端な姿勢に原因があるのではないだろうか。いまの制度では、外国人は原則的に家族と一緒に日本に来ることすらできない。

 家族と暮らし、子どもたちに十分な教育を受けさせられる。財源を確保することによって安定した社会保障で、困ったときには助けてもらえる。この国に住む人々にとっても、望ましい姿ではないだろうか。未来を見据えて議論をし、決断を下すことができるかどうか。日本の政治や国民の覚悟が問われる。正念場はすぐそこだ。

▼発売中の『これからの日本の論点2021 日経大予測』の一部を抜粋、加筆・再構成した。



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