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論点21 厳しさ増す、日本の周辺国外交

文:池田元博(編集委員)

 世界2大強国の米国と中国が対決姿勢を強め、国際情勢は視界不良に陥っている。米中のはざまで外交をどうかじ取りしていくかはもちろん大事だが、日本にとっては隣国である韓国や北朝鮮、ロシアとの関係も重要だ。

日韓の亀裂、根深い不信感

 日本政府は2019年7月、日韓関係がぎくしゃくするなかで、韓国に対する輸出管理の厳格化に踏み切った。日本からの調達比率が高い半導体材料のフッ化ポリイミド、レジスト(感光材)、エッチングガス(フッ化水素)の3品目について輸出優遇措置を解除して個別契約ごとに許可を取るよう求めた。さらに同8月には、軍事転用の恐れが低いとされる製品を自由に輸出できる「グループA(旧ホワイト国)」の対象国からも外した。

 韓国の主要産業である半導体は輸出全体の約2割を占めるが、半導体関連を中心に素材や部品、生産機器の多くは日本からの輸入に依存してきた。慌てた文在寅(ムン・ジェイン)政権は、産業支援策を打ち出すとともに、国産化への取り組みを企業に促してきた。

 韓国政府は19年9月には、「政治的動機に基づく日本の措置は差別的であり不当だ」として世界貿易機関(WTO)に提訴した。WTOは、20年7月、第一審にあたる紛争処理小委員会(パネル)を設置した。韓国では、輸出管理の厳格化措置に反発した日本製品不買運動が全土に広がった。

 また元徴用工訴訟を巡り、韓国大法院(最高裁)が18年10月、新日鉄住金(現日本製鉄)への賠償命令を確定した。その後も同様の判決が続いたが、日本企業が賠償に応じなかったため、原告側は対象企業の韓国内の資産差し押さえに入った。20年6月に韓国大邱地裁浦項支部が、日本製鉄に資産差し押さえの通知書が届いたとみなす手続きを取った。これにより資産売却を命じる恐れが出てきた。

 文大統領は朴槿恵(パク・クネ)前政権下の15年末にようやく結んだ慰安婦問題の日韓合意も「重大な欠陥がある」と疑問視し、同合意に基づいて設立された財団を一方的に解散してしまった。日韓関係をこじらせた責任はひとえに「国家間の約束」をほごにした文政権にあると日本政府が批判するゆえんだ。

 日本政府内部では、日韓の関係改善は22年5月の文大統領の任期満了までは期待できないとの悲観論も浮上する。20年4月の総選挙では与党「共に民主党」が圧勝した。次期大統領選も与党候補が優位に立つ可能性が大きく、亀裂修復の糸口は見いだせそうにない。

 亀裂は、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮への協調した圧力を弱めかねない。日本の輸出管理厳格化に反発した文政権が19年、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄を一時表明したのは記憶に新しい。

 北朝鮮は20年6月16日、韓国を標的にした挑発行為で国際社会を驚かせた。南北融和の象徴とされた開城(ケソン)にある南北共同連絡事務所の建物を爆破したのだ。

 北朝鮮は、韓国の脱北者団体が金正恩(キム・ジョンウン)体制を批判するビラを風船にくくりつけ、北朝鮮側に散布したことへの報復措置と説明した。韓国の文政権は北朝鮮に融和的なだけに、北朝鮮が脱北者団体への反発だけで南北関係をあえて損なう強硬策に出たとは考えにくい。

 北朝鮮が外交で最も重きを置いているのはやはり、米国との非核化協議だろう。体制の安全の保証や、経済制裁の緩和・解除を獲得するうえで重要なカギとなるからだ。韓国への強硬策に出た真の狙いは、米国の関心を呼び起こして挑発し、トップ会談を含めた米朝協議の再開を促すことにあったとの見方が有力だ。米朝協議が進まなければ、北朝鮮は再び、ミサイル発射や核実験などの挑発行為で国際社会を揺さぶる恐れがある。

日朝首脳会談への道筋描けず

 日本も他人事ではない。政府は、地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」の配備計画を断念した。防衛省は北朝鮮の弾道ミサイル技術が高度化、発射兆候の把握が難しくなっていると指摘する。今後も北朝鮮の挑発に苦慮する場面が予想される。

 米朝対話が滞ったままでは、日朝間の直接協議も進みそうにない。「あらゆるチャンスを逃さない決意で(日本人拉致)問題の解決にあたる」――。19年5月、安倍晋三首相(当時)は日朝首脳会談に意欲を示した。

 しかし、北朝鮮はまったく動かなかった。経済苦境にあえぐ北朝鮮にとって日本からの多額の経済協力は魅力的だが、肝心の米朝協議が進展しなければ経済制裁は解除されず、日本からの経済協力も望めない。このことは北朝鮮も重々承知している。米朝協議が進まない限り、日朝首脳会談の開催は今後も期待薄と予測せざるを得ない。

 平和条約締結交渉を続ける日本とロシアの関係はどうか。プーチン政権は、大統領任期を通算2期までに制限する一方で、プーチン大統領のこれまでの大統領任期数をゼロにする条項を盛り込んだ改憲案を策定した。改憲案は20年7月1日投開票の国民投票(投票率は約68%)で、約78%という圧倒的多数の賛成で承認、プーチン氏が署名して発効した。

 事実上のプーチン氏の終身大統領という選択肢を可能にしたわけだ。現時点で続投が確定したわけではないが、続投はもちろん、院政も含めてプーチン氏が24年以降も何らかのかたちで権力を維持するとの観測は一段と根強くなった。少なくとも、いまの任期中は政権の求心力を失うことはなさそうだ。

「領土の割譲禁止」、日ロ交渉の足かせに

 日本政府は、強い指導力を持ったプーチン大統領との間で北方領土問題を解決し、日ロの平和条約を結びたいとしてきた。プーチン氏が今後も長期にわたって権力の座にとどまる可能性が濃厚となったため、日ロ交渉に追い風のようにみえる。が、現実は真逆だ。

 プーチン氏の続投を可能にした改憲では、国民の支持を確実にすべく、国家機構改革にとどまらず経済、安全保障を含めたさまざまな分野の条項が新たに盛り込まれた。ひとつが「領土割譲の禁止」だ。同条項はロシアと隣国による国境・境界画定を除き、「ロシアの領土割譲に向けた行為や呼びかけを許さない」と規定している。領土割譲を禁止する対象のひとつとして、プーチン氏が北方領土を念頭に置いていることは間違いない。

 戦後の日本外交の総決算――。安倍前首相は12年末の第2次安倍政権発足以降、北方領土問題を自らの手で解決すべく、手を打ってきた。18年11月のシンガポールでの日ロ首脳会談では、平和条約締結後の歯舞、色丹両島の日本への引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を進める路線へとかじを切り、プーチン氏の同意を取り付けた。だがロシアの改正憲法には、領土割譲の禁止とともに、憲法が国際条約に優先すると規定した条項も盛り込まれた。このまま日ソ共同宣言を基礎に平和条約交渉を続けても、突破口は開けそうにない。このような状況下で、菅義偉政権が、安倍前政権のように対ロ外交に意欲的に取り組むとは考えにくい。経済協力を含めた日ロ関係は全般的に停滞しそうな雲行きだ。

▼発売中の『これからの日本の論点2021 日経大予測』の一部を抜粋、加筆・再構成した。



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