オリンピア

〈この一か月、娘が速やかに逝くことを願っていた〉
母親にそんな願いをさせる程の苦しみの中で、ルビーは再発した白血病に負けてしまった 
次のオリンピック選手選考を目的に厳しくも楽しい練習に明け暮れてきた妹 いつも一緒だったかわいい妹、兄ピーターは風に吹かれて舞うルビーの命を見送った
この本はピーターが話者となって進んでいく

子ども達の笑い声が響き渡り、見守る両親や祖父母たちの温かく交わされる眼差し…そんな牧歌的とも言える生活に翳りが見えたのは、振り返れば祖母の死が起点かもしれない

「もう一度結婚することにしたの」
祖母の言葉に周囲は戸惑いながらも喜び祝福した 湖上に浮かぶ20人乗りのハウスボートが式場に選ばれた
 式の途中で祖母は船べりから落下し溺死する 若い頃は飛び込みのオリンピック選手だった人だ 
助けようとする祖父も父もヨットのオリンピック選手だった 水には慣れた人達だ

このあとも残された者達は自分の命を大切に生きていく
その間、民族差別や戦争での傷痕など一族の被った不幸な過去も語られるが、ピーターの優しい語り口で包まれていく

ただひとつ、妹を亡くした後の父と母の不和が気になっていたのだが、最終章で父が
「もう一度、結婚することにしたんだ」
と言った しかも、貯水湖に手作りの筏を浮かべての式にするそうだ
 今度は読者が困惑する番だ

結果、通りすがりの街の人々が素晴らしい式を作り上げてくれた
一番の奇跡は、神父の言葉と同時に貯水湖の放水により何年も水底に沈んでいた教会の尖塔が現れ、午後の陽光を浴びて銀白色に輝いたことだ
 蔓草の繭に囲まれた家、影に染まった薄茶色の煉瓦など、諸所に美しい情景描写があるが、教会が全貌を現すまでの表現は目が離せない

式後、宴を抜け出したピーターは湖底の街で先に逝ってしまったルビー達の行列を見る
彼は震え、やがてゆっくりと戻った

この街の人々と家族を結んでくれた妻ヌリアの腰を抱いて、幼い頃父に教わった歌を歌う

さらば 行くよ
きみを残して

彼は居場所を見つけたのだ


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