何故、日本の精神科病床は未だ30万床なのか? (2)
病床削減は?
1970年(昭和45年)、朝日新聞記者による『ルポ・精神病棟』が朝日新聞に連載され、「精神病院はいらない」の一大キャンペーンが繰り広げられることになる。
そして、1984年の宇都宮病院事件を契機に、1987年に従来の精神衛生法を大改正し,任意入院、精神保健指定医、精神医療審査会を制度改革の3本柱とする精神保健法が成立した(「精神科医療における自明性の検証」・精神科治療学、星和書店、2019. 8平田豊明)。
確かこの法改正後、精神病院に「科」を付けて『精神科病院』と表記し、また、精神科病院には鉄格子は要らないと、鉄格子外しを機に精神科病院の改築ブームが訪れたと記憶している。
だが、精神科病床は30万床のままであった。
付属池田小学校事件とその後のスーパー救急病棟
付属池田小学校事件は、2001年(平成13年)におきている。犯人は措置入院歴があったが、起訴された上で死刑となった。
付属池田小学校事件との関係は詳しくないが、2002年、診療報酬表に掲載されたいわゆる「スーパー救急病棟」は、精神科で最も高い医療費が請求できる病棟である。
「入院期間3ヶ月(以内)」と「年間の入院患者は6割以上が非自発入院(任意入院でない入院)であること」、そして「4割以上が新規入院患者(3ヶ月以内に精神科への入院歴がない患者)」等といった基準が設けられている。
だが、この「スーパー救急病棟」の評価は様々である。 日本精神科救急学会は、2016年に「精神科への初回の非自発的入院は、精神科救急入院病棟をはじめとする一定の規格を備えた精神科病床に限定し、新たな長期在院の発生を抑制すべきである。…」と提言、総会で採択されている。また、2014年12月17日付の朝日新聞「精神科病院を考える 下」では、内閣府障害者政策委員会の上野秀樹委員(精神科医)が『急性期対応のために全国で5万~10万床の緊急用の病床は必要ですが、それ以外は国が強制的に減らすぐらいのことをしないと減らないでしょう』と。つまり、「緊急用の病床」とは「スーパー救急病棟」のことだ。となると「スーパー救急病棟」は、長期在院の抑制に加えて、病床削減に貢献することにもなる、と上野秀樹が述べていることになる。さらに、2018年4月16日付の「yomiDr.「(ヨミドクター)」の記事には、「精神科、医師が手厚いほど入院期間短く・・・医療経済研究機構など発表」と、医療経済研究機構などが発表した分析結果が掲載されている。「医師が多いほど治療効果が高まり、入院期間の短縮につながるとみて、医師を手厚く配置しやすくする体制作りの必要性を訴えている。成果は国際医学誌電子版に掲載された。(中略)手厚い病棟では入院日数が90日超となる割合が約17%で、基準通りの病棟より約4ポイント低くリスクは21%下がっていた。また手厚い病棟のほうが、退院から90日以内に再入院する割合も低く(中略)。患者の満足度も高まっている可能性があるとみている」と。これも「スーパー救急病棟」に対する高評価の証だ。
一方で、日本精神科病院協会の山崎學会長は「統合失調症急性期モデルの経営は競争になる」と語っている(「地域移行と構造転換」「精神科病院マネジメント」No.30、エディターズサード、2014年)。確かに、ずい分前からだ統合失調症の初発患者の受診、入院は少なくなっている。また、厚労省も近年、長期在院患者の地域移行から多様な精神疾患の対応へと舵を切り替えている。だからなんだろう「スーパー救急病棟」に勤務する看護スタッフが色んな学会、研究会の発表内容の中で、「3ヵ月以内」ではなく「3ヵ月の縛り」といった表現をしている。そして、そんな症例の「3ヵ月の縛り」を要する問題行動とは、精神症状からのものでなく、環境要因、処遇への反発による問題行動であることが、質問を繰り返す中で明らかになることがしばしばだ。
ここで、この10年余り外来でかかわっている一人の女性依存症者患者のこれまでの経過を簡単に紹介したい。
離脱症状が出現した患者は県内の「スーパー救急病棟」に入院となった。もちろん医療保護(非自発的)入院である。法的、治療的に何ら問題ない。そして、10日後には離脱症状は消褪した。本来、ここで医療保護入院から任意入院(自発的入院)、ないしは退院へ切り替えるべきだが、そのまま90日間入院を継続となった。医師が手厚く配置されているにもかかわらず・・・。その精神科病院を退院後、当院に来院し、それから外来通院を続け、アディクションリハビリテーションプログラムにも欠かすことなく通ってくれている。だが、彼女が反復性うつ病の重複障害であることが判明した。うつ病期にはレスパイト入院を促すも、「スーパー救急病棟」でのつらい入院体験を抱える彼女は、未だにうつ病期の2週間程度の入院治療すら拒み続けている。
今、こんな体験している患者は珍しくない。とにかく「3ヵ月以内」より「3ヵ月の縛り」が病院経営的には魅力的である。また、再発、再燃予防に著しい効果がみられるLAI(持効性抗精神病注射薬剤)も包括病棟の「スーパー救急病棟」において、包括外使用が認められるようになったにもかかわらず、我が国では、その処方数の伸びは鈍いと聞く。きっと、新規入院患者(3ヶ月以内に精神科への入院歴がない患者)の要件を満たす時期になったら再発、再燃を繰り返す患者が、LAIを使用するより、これまた病院経営上望ましいのであろう。ただ、そんな入退院の繰り返しは、何れ患者も医療者も力尽きて社会的入院に至るものだ。私の若い頃には、それを回転ドア症候群といっていた。となると「スーパー救急病棟」ってのは、単に先祖帰りってことだね。これじゃ精神科病床は減らない。よって、医療現場に身を置く立場としては、山崎学が指摘する「統合失調症急性期モデルの経営は競争になる」に軍配をあげたい。
結びに私ごと、と…
私は1980年前半に父の他界に伴い精神科病院を継承、今日に至る昭和の精神科医である。
これまで、国の方針に従い、約40年余りの年月をかけ約300床の病床を実働病床200床前後へと約3分の2に減床し、現在に至る。その病床削減理由とは、1)多くの入院患者を管理するのが面倒だった。2)同世代が取り組んでいた「社会復帰、開放化」には、現実主義の私には、興味も関心もなかった。3)ただ、精神科の疾病構造の変化(統合失調症中心から、気分障害、依存症へ)に目聡かったかな・・・つまり「精神病院はいらない」でなく、「精神病院の使い方」にこだわってきた、とでもしておこう。ただ、日本の精神医療は、1987年に制度改革(目玉は「任意入院」、「精神医療審査会」、「精神保健指定医」)をして精神保健法を成立させたものの、未だに「精神病院はいらない」に惑わされ、この34年間、精神科病床は30万床のままだ。でも大丈夫、これからは人口減もすすむだろうし、それに伴いジタバタしなくとも精神科病床は減るだろう。そして、29年後の2050年に向けてムーンショット計画(※)が行われようとしている。それが実現したら、いささか社会性に乏しい精神科医(精神保健指定医)よりAIに任せた方が、患者の入院に対する判断の有無は適確、適正になるだろう。そして、行政との入院届け等の書類、情報のやり取りも飛躍的に円滑になるのは間違いない(今でも国がすすめているネットインフラの整備に少し本気に取り組めば可能なんだが・・・)。そうなれば、社会が求める精神科医の役割は今とは異なるはずだ。だが、「精神病院はいらない」とはならない。しかし、新たな「精神病院の使い方」を社会から要請されるはずだ。だから、昭和の精神科医は、これから何もしないのが一番いい。老兵は…、ただ消え去るのみ!
◎結論:「精神病院はいらない」が、今日までの精神科病床30万床維持をもたらした!!
(※)ムーンショット計画とは、2020年に内閣府が発表。2050年までに、一人が多数のアバターを駆使することで、「人の身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現」するとか、AIを搭載して自ら学習するロボットと人間との共生などの計画。このコロナ禍、さらに今後の社会の変革に伴い、この計画は加速するに違いない。
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