11/16 反省とかぐちゃぐちゃ
今回、『黒いネコの友達』サイドストーリー『バレンタインまであと少し』を、高橋かなえの物語としてSSだけ読んでもちゃんと読者に持ち帰ってもらえるものがあるように、かなえの成長をガチで描き直した。
これによって本編のかなえの、ももちゃんに対する態度はちょっと改めねばならなくなるわけだが、まあなんとかなる。
深町夕子の物語を書いたあと、本編を書き換えないといけなくなったようにね。
それはそうと『絵本・児童書大賞』に出すべく、アルファポリスの契約書を事前に見たところ、出版に至った場合シリーズ作を他所から出してはいけないっぽい感じのことが書いてあった。
まずもって枚数的にも箸にも棒にもかからないのだが、お祭り感覚で覚悟もなく参加してはいけない。
結局、うちは黒ネコシリーズをどうしたいんだろう。
これまでだいたい先に描きたいテーマがあって、書いてきた。
例えばかなえの話は「共感によってコンプレックスを乗り越える」だったりね。
このテーマは本編の深町七緒他数名のマイノリティが孤独になり、苦境からの回復の手が得にくいことの対比から来てるんだけど。
どの話も描きながら私なりの答えを出したいと思って書いているの。
深町夕子の物語も同じ。
夕子が壁を乗り越える話なわけで。
かなえの話は、かなえの年代(中学生)の読み手がかなえと共に自身の傷つきを受け止める勇気が得られるように、そして大人の読み手が幼い頃に傷つきを抱えていた自身を見つけたなら、迎え入れられるようにと願って書いた。
となると対象読者層は小中学生ということになる。
でも同シリーズの深町夕子の物語は幼子と向き合ったことのある年代、つまり大人に向けて書いている。
大葉南朋が語り手の本編はもう少しエンタメというか、ミステリー要素もあるので、どの年齢にも読んでもらえるといいなとは思うけど、語り手が中学生となると文体とか思考回路の部分は、やっぱりかなえの物語のようにシンプルになってしまうと思う。
他の語り手の話もあるけど、これなんか絶対受け皿がない。
うちは自分の描きたいが中心すぎて、市場調査というか何が求められているのかやそれに合わせて書くという部分がほとんどできない。
人の期待に応えることが、難しい。
これはもう自分にはできないことと、手放したほうがいいレベルにできないんだなという気はしている。
例えばインストラクターに指摘され続けない限り、普段使わない筋肉を意識し続けることができにくいのと同じような感じで、自分の力で興味を維持し続けることができない。
やりたいこと以外出来なさすぎる。(七緒ミタイネ)
それで結局、わたしの答えに興味がある人がいたら読んで! って職人(しかも気まぐれ)みたいな態度になる。
できたものを見てはほしいから、ネットではアピールする努力はまあまあできてたかなと思うけど、求められていることを差し出せないのは良くないよ。
どうしたいのか、そしてどうならできるのか。
模索しないとな。
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