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持続可能なミュージアムのDXとは(第7回):貸出のDXことはじめ

大昔の話ですが、東京国立博物館の所蔵品を他の館が展覧会のために借用しようとする際には、はじめに各分野の担当者に交渉する、というしくみになっていました。つまり、借用希望の物件が絵画、書跡、漆工、考古資料と4分野にわたっていると、4つの担当部門(当時の「室」)と話をつけないといけない、ということで、それができて初めて事務手続きが始まっていたのだそうです。借りる側の学芸員だった方が、とても大変だったと述懐されるのを聞いたことがあります。2001年に独立行政法人化して以降、さすがにそのままの組織では無理があり、所蔵品管理を一本化した部署が設けられたのですが、実務的な対応はなかなかむずかしく、しばらく試行錯誤が続いていたようです。

2008年にもう一度大きな組織替えがあり、幸か不幸か、私は登録室長兼貸与特別観覧室長という、所蔵品の受け入れと外部利用の窓口をさばく仕事につくことになりました。ちょうど所蔵品DBの館内ネットワークでの共有とそれに乗った平常展示の管理が進んできたところだったので、上司の部課長や同僚の皆さんと相談しながら、貸出についての館内での手続きをネットワークに乗せる工夫をしてみました。

少し記憶が定かではありませんが、独法化以降、貸出希望の受付は一本化した窓口ができたものの、館内での貸出の可否の確認は、紙の書類を持った事務担当者が館内を歩き回って、作品管理の担当者のハンコを取っていました。その時期、私自身は直接所蔵品を管理する立場にはなかったので、横で書類を見ながら、これはめんどうなことをするものだと思っていました。

他館への所蔵品(寄託品の場合もあります)の貸出は、だいたい次のような実務的な手順をとります。
1. 申請館から貸出希望品のリストが届く
2. 作品/資料の管理担当部門が利用予定と保存状態を判断して、貸出の可否の意向を表明する
3. 申請館に貸出可能品のリストを知らせる
4. 正式な申請書が提出される
5. 館内で決裁する
6. 貸出許可が出る

デジタル化の進展という面で、もう一つ都合がよかったのが、2005年以来館内にグループウェアを導入して、ほぼ皆が利用するようになっていたことです。上記の手順には、手続きや意思表示を含みますから、コミュニケーションが迅速にできるという点で、たいへん効果的です。貸出プロセスの改善は、DBとグループウェアという二つのツールを使って進められました。

1の貸出希望の受付は、事務的に必要ですが、法令的な根拠があるわけではないので、手段に工夫の余地があります。メールでの送付可とした上、その後のやりとりもできるだけ簡素になるようにしました。

貸出希望品の内容が届くと、事務担当者が所蔵品DBを検索して、そのリストを館内のネットで共有します。リスト作成の時点で貸出希望の情報がDBに登録されますので、たとえば希望期間中に館内での展示予定があるといった場合は、自動的にアラートが出ます。さらに別の館への貸出予定がすでにある、という場合も同様に警告されます。

基本的な考え方として、「特定の目的のために、ある期間、収蔵庫の外に出ている所蔵品のリスト」を作ると、それは館内の展示であれ、研究目的での閲覧であれ、館外への貸出であれ、修理のための持ち出しであれ、使いまわせます。そのことが皆に理解されるようになったころから、わりと自然に「館内(たとえば平成館)で開催される特別展に出品される所蔵品のリスト」が「貸出」のカテゴリーに加わるようになりました。そうしておけば何かと便利であると実感できるようになったのです。

このような他の利用予定の確認と、管理担当者による保存状態のチェックを行なって、貸出の可否を集約する2のプロセスになりますが、このあたりの意思表示はすべてグループウェア上で、宛先を特定した館内メールのスレッドをたててやりとりします。ビジネス用のチャットツールが発達した昨今ではあたりまえの話ですが、十数年前はまだ珍しかったかと思います。まだグループウェアに慣れない人もいて返事を得るのに手間取った、というのも昔話です。

このようにして確定した貸出品のリストは、それ以降も手続きのいろいろな局面で使われます。貸出は決まったが、図録に使ってもらえる画像データがあるか、ということであれば、所蔵品DBに紐づいている画像DBを参照して確認ができます。決裁の過程で開かれる会議に提出する資料(手順5)とか、許可書に添付する貸出品リスト(手順6)といった定型化した文書は、コピペ作業をすることなく、印刷用のテンプレートへのデータ流し込みでPDFの文書が出力されます。

グループウェアでのメールのやりとりから、スケジュールや施設管理機能を参照できるようにしておけば、実際の貸出日程の調整とか、貸出作業に使う部屋の情報の確認といったことも、円滑になります。関係業界の方はご想像がつくと思いますが、東博は貸借とも多い館で、展覧会のハイシーズンである9月下旬から10月上旬ですと、1日に6館(使える部屋数の限界)への貸出に対応していた記憶があります。当然、貸出作業自体には人手を欠くことはできません。独法化によって仕事が多様化する一方で、人員はじわじわと削減される中、デジタル情報とネットワークの利用による事前の手続きを含めた事務の集約ができていなかったら、とてもこなせなかっただろうなと思います。

また、貸出事務のデジタル化による情報の蓄積は、すなわち貸出履歴の蓄積なわけで、10年以上たってみると各作品/資料の「業務経歴書」として、きわめて有用です。今はもっぱら館内業務に使われていますが、別にお話しする文献情報とあわせて、いずれは社会的に共有できる材料になるものと思います。

ヘッダ画像:川瀬巴水「東京十二題 木場の夕暮」(東京国立博物館) 出典:ColBase https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-9104

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