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持続可能なミュージアムのDXとは(第9回):デジタル画像にはアナログなメタデータを

画像の管理の話をもう少し続けます。

前回の記事で、画像のファイル名にはあまり意味を持たせるべきではない、ということを指摘しました。機械可読、つまりコンピュータが処理しやすい形式にしておくほうが何かと便利だ、ということです。その一方で、画像は人間が見て、さまざまな判断を下すものですから、データの中に人間にわかりやすい情報を加えておくことが望ましいのも、また事実です。

現在のデジタルカメラは、撮影した画像データの中にさまざまなメタデータをExif(Exchangeable image file format) と呼ばれる形式で記録するしかけがあり、撮影した年月日・時刻、絞り・露出時間、撮影機材などに加え、撮影機材側に位置情報を記録する機能があれば撮影場所の緯度経度までも残しておくことができます。Exifデータが記録された状態の画像をSNSなどにあげることによって、個人の行動がさらされてしまう危険が生じる、という事態も生じているくらいです。

逆に言うと、Exifデータを消さなければ、同じ日のある時間帯に撮影した画像を抽出する、とか、特定の調査先で撮影した画像をまとめる、といった作業がきわめて簡単にできるわけです。撮影時刻は秒単位で、自動でファイル名がつく場合は、当然「DSC00001」「DSC00002」のように昇順の番号になりますから、撮影順に並べるのも一瞬のことです。スマートフォンや一時台前の携帯電話のカメラ機能も含めて、記録されるメタデータは同じ形式ですから、どんな撮影機材を使っても均質な情報が得られます。

このように、デジタル撮影と適切なメタデータによる管理は、さまざまな面で利便性に優れており、活用すればミュージアムの学芸業務でむだな仕事を減らし、より生産的な仕事を充実させたり、外部向けのサービスを改善したりするのに大いに役立ちます。しかし、残念ながらデジタルカメラはもっとも大事な情報を記録してくれません。被写体、つまり画像に写されたものが何であるか、という情報は、何も手立てを講じなければ、画像データの中に残らないのです。何が写っているのかわからない写真ほど、むだなものはありません。せっかく資料を出してきて時間をかけて撮影したデータが、ほぼ使い捨てになるからです。

東京国立博物館では、基本的に撮影者(フォトグラファー:職員)と、撮影を発注する人(研究員)が別なので、画像データベース内で発注者が必要事項を記した伝票を起こさないと、撮影した画像のデータが登録されないルールになっています。下の図は「東京国立博物館研究情報アーカイブズ:画像検索」の1つの検索結果ですが、「画像番号」を除く右の欄の情報は撮影時か撮影の後にDBに入力されている必要があります。「撮影部位」というのは仏像の「正面」「側面」とか、屏風の「左隻」「右隻」のような、一つの番号に含まれる資料の部分を示します。「もの」の情報と画像の紐付けが確認されて、初めて画像番号が付与されます。このような手順を踏むことによって、「もの」自体の情報と結びつかない迷子の画像が出てくることを避け、撮影の当事者以外でも必要な情報が共有できる状態を維持しています。

なお、作品名称や時代などをいちいち入力するのは手間ですし、誤入力のおそれも生じるので、所蔵品データベースの情報をそのまま流し込めるような実装もされています。

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出典:東京国立博物館研究情報アーカイブズ:画像検索

フィルム写真の時代には、資料の管理が属人的、分散的であったことも影響して、撮影されても二次的に使われることのない、いわば「撮り捨て」の画像がかなり生じていたようです。しかし、デジタル撮影になり、撮影したデータをネットワーク上の画像データベースや所蔵品データベースで随時参照、利用できるような環境を整えた結果、業務の中で作られる画像はよく捕捉され、共有されるようになりました。また、職員の間でも一度登録をしておけば、次からの利用が容易であることが理解され、おのずからデータの登録が進むようになりました。2009年頃からデジタル撮影に移行して以降、このような形でデータベースに登録された画像はすでに10万枚を超えており、外部公開サービスである「画像検索」や国立文化財機構の「ColBase」の運用も、このような蓄積に裏打ちされています。

ところで、記録しなければ被写体の情報が残らない、というのはデジタル画像だから、というわけではありません。写真という媒体が使われはじめて以来の長い問題だと言ってよいでしょう。下の写真をごらんください。これは1872(明治5)年に東京・湯島聖堂で開催された東京国立博物館の起源となる博覧会のスタッフを写した記念写真です。

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出典:東京国立博物館古写真データベースから 博覧会関係者記念写真

この写真だけでは写った人々が何者かは皆目わかりません。しかし
この印画の裏面には、次のような記述があるのです。

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出典:東京国立博物館古写真データベースから 博覧会関係者記念写真(裏面)

前列右から4人目が初代の博物館長であった町田久成、右から3人目がその後を継いだ田中芳男、等々、この記載のおかげで、私たちは博物館の創設者たちの顔と名前を一致させることが可能となり、写真の資料的な価値は格段に高くなります。
このころは、まだコロジオン湿板写真の時代ですが、その後乾板写真となり、フィルムが長く使われ、最近デジタル写真に取って代わられても、被写体の情報を記録するのが人間であることに変わりはありません。人手で情報を残す、というのも実はデジタル画像の情報管理に有効な方法です。

出典:東京国立博物館デジタルライブラリー

上の画像は典籍をデジタル撮影したものですが、撮影対象の名称、資料番号、何ページ目であるか、をはじめとしてメジャー、カラーチェッカー、撮影年月日、撮影の目的など可視化できるメタデータをできるかぎり写し込んでいます。

出典:東京国立博物館デジタルライブラリー

こちらは同じ典籍の1ページですが、下部のメタデータがなければ、出所の判定はきわめてむずかしくなるでしょう。必要な情報を画面の中に収めるのは、古典籍や古文書のように多数の画像を作る仕事で、フィルムの時代から引き継がれてきた「作法」の一つです。

ただ、このような「作法」は対象とする資料の分野によって、かなり差があり、東博の「画像検索」を見ていただいても、画像の中にメタデータを記録しているケースは少数派です。無論、特に立体物は画面の中にメタデータを写すのがむずかしく、その一方で、撮影に立ち会う研究員・学芸員の心理として、自分は被写体である作品や資料を把握しているので、画像の中によけいな情報はなくてもだいじょうぶという意識が生じがちです。撮影時の記録と画像が紐づいて残れば問題はないのですが、やはりこれらの情報は、いつか他人が扱うのだということを念頭におきながら、日頃の仕事をするべきです。
デジタル画像データに、アナログなメタデータを。これもデジタル画像を円滑に管理運用する秘訣なのです。

ヘッダ画像:川瀬巴水「東京十二題 雪の白髪」(東京国立博物館) 出典:ColBase https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-9104

この 作品 は クリエイティブ・コモンズ 表示 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。



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