見出し画像

持続可能なデジタル・ミュージアムとは(第9回):3Dウォークスルーをどう使うか

コロナ禍中のミュージアムの対応を継続的にとりあげてくださっている『美術手帖』のサイトに「休館で脚光浴びる展覧会のVR」と題して、国立科学博物館や岡本太郎美術館の展示室内をディスプレイ上で歩き回れる3Dウォークスルーの公開の記事が掲載されています。いずれも一般社団法人VR革新機構が仲立ちしておられるようで、不動産の内見に多用されるMatterportのシステムが応用されています。東京国立近代美術館の「ピーター・ドイグ展」も展示室のウォークスルーが公開されましたが、こちらもMatterportが使われています。同社のYouTubeチャンネルに使用場面の動画がありますが、ずいぶん手軽に作れるようになったことには、驚かされます。

2011年にGoogle Art Project(現在のGoogle Art & Culture)のオファーで、東京国立博物館の本館と法隆寺宝物館の3Dウォークスルーを撮影した際には、大がかりな装備と多数のスタッフがたいへん印象に残っています。当時の広報室が館のブログに書き残していますし、各国での撮影の舞台裏動画もYouTubeに残っていて、そのころのデータ取得がいかに手のかかるものであったかをうかがえる記録として興味深いかと思います。ついでに言うと、東博の展示室はその後数回のリニューアルが行われたので、Art & Cultureで今見られる映像は、実は過去の展示室の様子のアーカイブとしても貴重です。特に動画のそこここで動いている「トロリー」という360°撮影機材は、ある意味威圧的だったのですが、今や同じはたらきがiPhoneやTHETAでできるようになっちゃったのか…といささか感慨深いものがあります。

また、最近のサービスは、撮影した画像の貼り合わせを鳥瞰的に見ることのできる「ドールハウス」とか、3D用のゴーグルと組み合わせたVR鑑賞といったより多様な楽しみ方ができます。科博の地球館の何層にも積み重なったドールハウスは、すごいダンジョン感があって、なかなか楽しいだろうと思います。

とは言え、データの取得、加工、コンテンツへの出力は、それなりの技術とデザインセンスが求められる作業ですから、ミュージアムでの内製ができる範囲は限られ、おおかたは外部へお願いするコストとして乗ってきます。展覧会の宣材と割り切るのであれば、一時的な費用ですが、それでは正直もったいない気がします。ミュージアムの本来的な任務から言っても、展覧会の内容の記録、アーカイブ化は意味のあることですし、当事者となった特別展でも「どんなふうに並べたっけ?」というのは、写真で見て思い出す以外、手はありません。また、観覧者の立場から考えても、今はリアルの展覧会に1,500円くらい支出し、そのうちの10分の1くらいの方が図録に2,000円程度支出しています。もし過去の展覧会の高精細な3Dウォークスルーが1回200円くらいでネット配信されたら、自宅の4Kディスプレイで鑑賞しようという需要があるかもしれません。また、そこで得られた収益が作家とか文化財所有者に配分される合理的な仕組みがあれば、三方一両得のエコシステムが作れる可能性も考えられます。せっかくデータを作るのであれば、リアル展覧会の緊急避難や集客ツールだけではなく、いわば「多毛作」の素材として、長期利用を構想するべきでしょう。

もちろん、関連する技術的、社会的問題は、それはそれでまた想定されるところです。この点は次回で。

*ヘッダ画像はColBaseから、釉下彩紫陽花香炉 二代井上良斎 作(東京国立博物館 所蔵)。

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?