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持続可能なデジタル・ミュージアムとは(第11回):ゲームとしてのVR展示とゆるい対話

前回までに、展示室の3Dウォークスルー化という方向を詰めてゆくと、いわば「VR展示室」といった空間が作れるだろう、というお話をしてきました。「展示空間」と「展示物」を、それぞれ別のデジタルデータとして組み合わせれば、実空間にとらわれない「展示」が可能になる、ということです。

とは言え、展示空間ができて、デジタル情報である作品が並んだとしても、それだけではおもしろくありません。一方で、デジタル・ミュージアムという看板を掲げていると、コトの情報提供についても、ついつい何か先進的な技術を投入して…という流れになりがちですが、正直なところ、費用対効果がひきあいそうな目新しい道具立ては、あまり見当たりません。理由の一つはデバイスによる制約です。たとえば今回のコロナ禍のような状況で、在宅のお客さんに展示環境を宅配しようとした場合、受け取る側で用意できるデバイスは、良くて4Kのディスプレイといったところでしょう。そこに、モノを見る=鑑賞がディスプレイの大きな部分を占めると、そのぶんコトを割り込ませるのはむずかしくなります。ヘッドマウントディスプレイ(HMD)やスマートグラスのように視覚の空間にレイヤーを重ねられるようなデバイスが発達すると、3D空間を移動する視野の一部に補助的な情報を追加する、ありがちな未来的光景が現実になるかもしれません。しかし、ここ何年か折にふれて頭部装着型のデバイスを試す機会がありましたが、これは、というものはまだ出てきていないように思われます。

結局のところ、個人や家庭のレベルで使える持続可能な環境となると、平面のディスプレイを分割して、モノとコトの表示に割り当て、あとはこれに音声など耳からの情報を加える、といったところに落ち着きます。これに何らかのインタラクション(コントローラーで移動する、とか)を加えると、現在のコンピュータゲームを実行する環境にほぼ等しく、VR展示とは、展示室を舞台にしたゲームである、と読みかえることができます。ゲームの状況には暗いので、専門家のご意見をうかがいたいところですが、このような読みかえで気がつくことは多いように思います。

ゲームとの関連で、最近たいへんおもしろかったネット上の企画をとりあげましょう。YouTubeのチャンネルである「ライブドアニュース」上の番組《○○のプロと行くゲームさんぽ》です。主にロールプレイングゲームの空間の中を歩き回りながら、主催者の方と、特定分野の専門家が、そこに見えているのだが、ゲームの本筋とはあまり関係なさそうなテーマで語り合う、という、いわゆる「ゲーム実況」に属するコンテンツです。

昨年5月頃に、俳優で気象予報士の石原良純さんをゲストに『ゼルダの伝説』の中で気象を語る、という内容で、たちまち数十万ビューを得て、現在はシリーズ化され継続中です。そのおもしろさは、実際に見ていただくのがいちばんよろしいでしょう。

この《ゲームさんぽ》にミュージアム界から招かれたのが、東博の仏像担当の研究員、西木政統さんです。素材になったのは『SEKIRO』(フロムソフトウェア)。トレイラーを見るとかなり殺伐としたバトルゲームですが、ゲームとしての評価は高いようで、アメリカの「The Game Award 2019」で「Game of the Year」 を、日本でも文化庁メディア芸術祭で優秀賞を獲得しています。舞台として日本の城郭や寺院が登場し、西木さんは主催者の方と寺院の中を見て回る、という役目で登場しました。

これもまずは番組自体をごらんください。おそらくゲームプレイヤーは戦闘で応接にいとまなく、見過ごしただろう堂内の仏像とか壁にかかっている仏画などが、西木さんの手にかかると「あ、これは東大寺の…」「こちらは東寺の…」「壁にかかっているのは祖師像ですね〜」といったぐあいに、次々と典拠やそこにある意味が明らかにされていきます。きわめつけは西木さんが「あっ、これウチのですやん」と叫んだ仏画で、東博所蔵品が典拠として使われておりました。(ちなみに、比較のためにColBaseから転載されたインサート画像には、きちんと「出典:国立博物館所蔵品統合検索システム」とクレジットが入っていました。ColBaseはCC-BY相当での利用をお願いしているので、妥当な表記です。ありがとうございます。)

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スクリーンショット出典:ライブドアニュース 《〇〇のプロと行く ゲームさんぽ》 #22 SEKIRO仏像編① https://youtu.be/0BzVZnvavfo

メインの番組は約30分のものが3回あってかなり長大ですが、聞き手(こちらもけっこう知識のある方と見受けられます)の問いやツッコミに、西木さんがよどみなくコメントを入れていくので、むずかしそうな仏教や仏教美術についてよくわかった、という印象になるようです。第1回目が23万ビュー(6月6日確認)と、コメンテイターが無名の(?)学芸員であったわりに驚異的な数になったのも、うなずけるところです。

このわかりやすさ、あるいは受け入れやすさをもたらしているのは、何かなと考えてみると、全体の流れがゆるい対話で成り立っているという点が、ひとつ効いているのではないかという気がします。似たものをあげるならば、映画やテレビ番組で本筋を見ながら、2、3人でわいわいと裏話をしてゆくオーディオコメンタリーが思い浮かびます。ゆったりと、悪く言えばうだうだ語り合っている中で、だんだんと頭の中に入ってゆくという感覚が、意外と目新しく感じられるのでしょうか。

展示室でのギャラリートークもある種のコメンタリー、実況ですが、大きなちがいは、展示室のトークでの時間のコントロールは館側が握っているのに対して、完全なライブを別にすると、ネット上では視聴者=利用者側が自由に時間の進行を操れます。コロナ禍以降、試みられたネット配信でのギャラリートーク、展示解説などを見て思ったのは、技術的な巧拙以前に、情報を出す側と受け取る側との関係が、かなり異なるのだという点を意識しないと、なかなか適切な表現にならないな、ということです。ネット上のトークをリアルなトークの劣化したコピーに終わらせないためには、当事者だけではない、多様な視点からの検討、研究が求められます。

ところで、企画者自身が《ゲームさんぽ》の縁起を説明しておられる中で、ご本人が実はミュージアムの教育方面で仕事をされていることが明かされていて、あっ、最初に感じた親和感はこれだったか、と納得した次第です。こういう発想がミュージアムに入ってゆくと、デジタル技術の活用も新しい局面が見えるのではないかと思います。

*ヘッダ画像は、ColBaseから虚空蔵菩薩像(東京国立博物館所蔵)。

(つづく)

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