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持続可能なデジタル・ミュージアムとは(第10回):空の展示室データの使いみち

今日は2020年5月25日(月)。特措法による緊急事態宣言が全都道府県で解除され、止まっていた社会がそろそろと動きを取り戻し始めています。多くのミュージアムもさまざまな条件を付けながら展示を再開、また再開に向けて取り組んでいるようです。

しかし、感染症再発のリスクを考えると、ミュージアムに多くの人を積極的に招けない状況は、長く続くでしょう。また、今回の感染症流行で、欧米諸国は日本より深傷を負っていますから、外国から素材を持ち込んでの展覧会はしばらく困難ですし、国内に限ったとしても、主な共催者である新聞社や放送局は大規模な展覧会の開催に二の足を踏むでしょう。たびたび書いてきたように、人が来ることに前提に組み立てられてきた運営スタイルは大きく変わらざるをえません。リアルな来観者の数が大幅に減る中で、どうすれば、社会的に存在感のあるミュージアムの活動を展開できるのか、また多少なりとも経営を支える収益をあげられるのか。閉館中に試みられたさまざまな手段をあらためて検討し、より洗練された形で提示してゆく必要があります。それは単に当面の災厄への対応であるばかりではなく、長期的な危機に対する予行演習でもあるからです。

さて、前回取り上げた三次元計測に基づくオンラインでのウォークスルーです。デジタル写真やレーザースキャナの計測から作られた3Dデータからは、それなりに見ごたえのあるコンテンツを作ることができます。しかし、データを長期的に使おうと考えた場合、まずは技術的な課題をクリアしておく必要があります。

静止画像や音声データは30年くらい前から、さまざまな保存形式が試みられた末に、世界的に共有できる形式が広く普及しています。またそれらを取り扱うソフトウェアも多岐にわたって流通しており、低いコストでコンテンツを作ることができます。1990年代中頃に作ったTIFFやJPEGのデータが今日でも現役なのは、データの作成、管理、加工などのためのハードウエア、ソフトウエア環境が維持され、一度作ったデータの再利用が容易だからです。

一方、3Dデータは、静止画や音声にくらべると実用化されてからの歴史が短く、また用途によってデータの保存形式がさまざまで、これさえ保存しておけば何でも使える、というデータは現段階ではなかなか作りづらいところです。すなわち、3Dデータは(1)写真やスキャナによる計測から作られた無数の計測点の位置を示す情報のまとまりである点群データ、(2)小さな三角形の集まりで複雑な形状の面を表現するポリゴンデータ、(3)建築や機械などを数式によって表現される形状の組み合わせで構成するCADデータ、などがあり、それぞれデータの形式が異なるので、データの性質にそぐわない用途に使ってしまうと、いろいろとめんどうが生じます。そのような眼で、最近の3Dデータ利用を見てみると、これでよいのかな?と思われることが多少あります。

前回見た3Dウォークスルーを考えてみましょう。これは撮影した多くのデジタル画像を一度点群に変換し、互いに接続して展示室なら展示室全体のデータとして再構成したものでしょう。計測の精度は高く、視覚的な再現性にも優れています。ただ、ここで注意しなければならない点が2つあります。

一つは撮影した画像やレーザー計測を素材とする場合、見えないところは計測できない、ということです。たとえば国立科学博物館の3Dウォークスルーを例としてごらんください。人の目で歩く形で見ていると気がつきませんが、ドールハウス(鳥瞰図)にしてみると、あちこちに黒く抜けている部分があります。当然のことですが、見通せない場所はデータも取れないのです。もちろん、それを避けるために撮影や計測はさまざまな方向から行われます。しかし、それでも目の届かないところはどうしても生じます。補足しますと、見えていてもデータのとれないところというのもあります。顕著なのは反射する面、身近なところでは鏡面やガラス面ですが、かつて、「e国宝」の派生事業として作品の3Dデータをとった際に、漆器の反射でデータがとれない部分がある、という思わぬ落とし穴があったことを覚えています。

もう一つ、注意するべき点は、このタイプの3Dデータは展示してあるモノ込みでデータ化されていることです。あたりまえじゃないか、と思われるかもしれません。でも、ある企画の展示をしたので、展示室全体を撮影して3Dデータを作り、次にまた別の企画で展示品を取り替えたので、また展示室全体を撮影して3Dデータを作る、ということになると、何かえらくムダな仕事をしていることになりませんか? はい、3Dウォークスルーを続けようと思うのであれば、展示室のデータは空室の状態で一つ作り、そこに作品の画像データなり3Dデータを配置してゆくほうが使い回しがきくのです。また、展示室はきちんとした図面があれば、建築用のCADデータで作ることができ、わざわざ点群データから描き直すような作業よりは、かなり手が省けるのではないかと想像されます。

空の展示室の3Dデータを持っていると、もう一つおもしろそうなことが可能になります。それは、展示室のバーチャル貸し出しです。個展を開きたいけれど、ギャラリーが借りられない作家さんとか、学校行事で展覧会を開きたい学校とかに、ネット上にリアル・ミュージアムと同じ空間を用意して、お使いください、と言えば、けっこうご希望が出てくるのではないでしょうか。もちろん相応の料金をいただいてもよいでしょう。普及すれば、同じ展示室でも、ネット上だと効果的な展示方法が異なってくるのでは、ということで、専門のキュレーターやデザイナーが登場することも考えられます。せっかくデータ化するのであれば、一時しのぎではなく、想像できる新しい展開を頭に置いて進めたいものです。

*ヘッダ画像は東京国立博物館 画像検索から、上野博物館立面(正面) J.コンドル筆、C0068607。

(つづく)


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