見出し画像

持続可能なデジタル・ミュージアムとは(第6回):耳観覧−NHK WORLD "Magic of Japanese Masterpieces"

前回、音声ガイドのことを投稿したところ、noteが拾ってくる「こちらもおすすめ」で、アコースティガイド・ジャパンの代表の方へのインタビューを担当した山内宏泰さんの記事があることを知りました。全文は「文春オンライン」掲載だそうですが、音声ガイドのさまざまな側面に目配りのきいたよい記事です。ぜひご一読を。

さて、ミュージアムを音声で伝える話のつづきです。

NHK国際放送の方から、東博所蔵品を紹介する多言語のラジオ番組を作ってみたい、というお話があったのは2014年の後半だったかと思います。調査研究の仕事をとりまとめる立場にあった私が、すすめ方を調整することになりました。館内で了承を得る段階で、「音だけでわかるの?」という声は意外に出てこなかったと記憶しています。話を持ち込んだNHKの方は一つの前例を念頭におかれていました。大英博物館長のニール・マクレガーがプロデュースし、BBCラジオで放送された"A History of the World in 100 Objects"です。大英博物館の所蔵品を紹介し、ウェブや実際の展示などとも連動したもので、後に世界巡回展にまでなった、大変評価の高い企画です。館員の中にも知っている者が少なからずいました。

そこまでの大企画ではありませんが、博物館側として魅力を感じるところがいくつかありました。その一つが継続的に作品に関する多言語コンテンツを蓄積できることです。NHK WORLDは17言語でサービスを行っています。次の言語です。

アラビア語 ベンガル語 ビルマ語 中国語 英語 フランス語 ヒンディー語 インドネシア語 ハングル語 ペルシャ語 ポルトガル語 ロシア語 スペイン語 スワヒリ語 タイ語 ウルドゥー語 ベトナム語

そろそろミュージアムの多言語化が取りざたされてきた時期で、コラボレーションで多言語コンテンツを増やせるのであれば、ありがたいという判断もあり、進めようということになりました。

これが、ラジオ番組 "Magic of Japanese Masterpieces" です。とは言え、やるのであれば1つ2つ作ってもしかたありません。最初の年はまとまった数を順次投入するという計画で、2015年から2016年にかけては20以上の番組を作りました。その後は当事者双方の事情に合わせた形でペースを落としてゆき、最近確認したところでは2か月に1本ペースで続いていて、累積で50本ほどになりました。音声ファイルはウェブ上でアーカイブになっているので、ぜひどんなものかお聴きください。

制作過程は大変シンプルで、マスターとなる台本はディレクターお一人と当該回の研究員とで作っています。まず、第1回目のインタビューで、研究員がモノそのものに関すること、モノにまつわる歴史的な事情などをいろいろと話し、相談しながら全体の流れを合意します。するとディレクターはそれに応じたリサーチを行い、台本の原案をまとめてきます。ここはだいたいメールのやりとりで、お互いの理解がかなりずれているようだと、もう一度対面の打ち合わせをすることもありました。そして、音声どりを兼ねた確認のインタビューがもう1回、これもディレクターが一人で小型の録音機材を持ってやってきます。外国人に日本語を長々と聞かせることはないので、この時の研究員の音声は番組の中では2、3秒雰囲気として出てくるだけです。これで素材はできあがり、あとはNHK WORLD内で各国語スタッフが翻訳と録音をされます。この部分は私たちはタッチしておらず、どんなふうに進めているのか、見たことがありません。

12,3分ほどの一本の番組内は、だいたい前半でモノの説明をした上で、後半でトピックとして選ばれたコトの解説、という流れになっています。文字どおり「耳学問」ならぬ「耳観覧」です。コトの解説は、情報を出す側としても、わりとすんなりと受け入れられますが、音声でのモノの説明は、なかなか難しいのだろうと思います。私たちの説明と制作側で調べたり、見たりした内容をもとに作るのですが、聴き手に、どのようなイメージが作られているのか、とても気になるところです。

コンテンツの性質上、多言語化された内容の評価や、どのように、どれくらい受け止められているのか、の確認はしづらいところですが、5年続いてきて、パートナーであるNHK WORLDさんには、番組として続ける意味があると思っていただいているようです。今回のコロナ禍による東博の休館に際しての銭谷館長のメッセージでも、オンラインのリソースの一つとして紹介され、コレクション情報公開の大事なルートの一つとしています。今回の事態で、意義は大きくなったのではないかなと思います。また、検索していて気がついたのですが、Christie'sがコロナ対応で公開した "Art from home — 10 of the best virtual museum experiences across the Rest of the World" というページで、アジア・太平洋地域のミュージアムのネット上のコンテンツを紹介しています。東博も1/10としてとりあげられている中で、"Magic of Japanese Masterpieces"も"Don't Miss…"としてあがっていました。あ、注目していた人がいるんだな、と少しほっとしています。

*ヘッダ画像は、東京国立博物館研究情報アーカイブズ「画像検索」より、ケンペル『日本誌』、C0073678

(つづく)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?